2023.4.1(土)
法要のため倉敷へ
きょうは休日。
2月に亡くなった叔母の四十九日法要が岡山・倉敷市のホールで午後に執り行われるので、夫婦それぞれに喪服を着用して薄手のコートをはおり、9時半すぎに自宅を出た。カミさんはJR徳島駅地下の売店でお供え用の菓子を買い、それから二人して10時23分発の特急うずしおの指定席に乗り込んだ。きょうが土曜という事と、そして春休みシーズンでもあるので、先週の仕事日の休み時間に徳島駅のみどりの窓口へ行き、往路分だけ購入しておいてよかった。
今回の倉敷行きの往路は。
徳島(特急うずしお指定席)→高松、高松(快速マリンライナー自由席)→児島で下車。マリンライナーは30分に1本あるので、とても便利。今回の高松での乗り換え時間は7分ほどと短かったから「混んでて座れなければ、1本遅らせてもいい」と思っていたけれど、一番後部の車両は空いていたので、これはラッキーだったと思う。
昼の12時すぎ、児島駅で下車。
駅ビル内なり周辺に、喫茶・軽食のできる店があれば休憩がてら入って過ごそうかと思っていたけれど、駅ビル内はコンビニがあるのみで、周辺にもほとんど店がない。とりあえず駅前の喫煙コーナーで一服しながらスマホのグーグルマップでチェックすると、葬儀会場のあたりの方がまだ飲食店がありそうなので、児島駅からタクシーに乗って移動開始。
軽く回転寿しで
思えば、タクシーに乗るのもかなり久しぶり。
移動時間は20分もかからなかったものの、料金は4千円をちょっと切るぐらいの値段になっていたので、いまのタクシー料金の実態にちょっと驚いた。ただ、初老の運転手さんはとても丁寧で親切だったので、4千円を支払って「これで結構ですから」と言い添えておいた。
まずは会場に入り、係員さんに確認。
午後2時からで間違い無いことを確認しておき、近くの回転寿司で軽くなにか食べておくことにした。夫婦ともそんなに空腹というわけでもなく、ひとりにつき4皿ぐらい食べて終了。
午後1時半すぎ、会場入り。
参列者はごくわずかな親近者のみという感じで、兵庫県から車を運転して駆けつけた弟夫婦ともかなり久しぶりに再会できた。そして仕方のないことながら、みんな歳をとった。午後2時からの法要が終わった後、ちょっと間をおいて同じ会場で皆で会食する時間があり、さまざまな雑談の中から「誰もが歳をとった」ことを実感。たとえば、亡くなった叔母の息子さん(自分のいとこ)は数年前にちょっと体の具合が悪くなり、それを機に自動車運転はやめたという。また今回、ハガキで叔母の逝去を知らせてくれたいとこ(前述のいとこの姉で、叔母にとっての長女)は、いま74歳になっていた。
その74歳のいとこから、思わぬ贈り物あり。
叔母夫婦は数年前から倉敷市の老人ホームに移って生活しており、そこにはまだ叔父が入所して暮らしているけれど、今回の法要に自分と弟が出席するのをまたとない時期と考え、じぶたち兄弟と叔父が再会できるよう、ホームに事前に申し込みをしてくれていた。自分たち兄妹にとっては親代わりだった叔母夫婦ながら、(いとこが言うには)少し前に叔父と接見した際に叔父の口から自分たち兄弟の話も出たようで、それで今回の時間をセッティングしてくれたらしい。もちろん自分も弟も異存はなく、カミさんも「今回の法要参列の機会にせっかくなら叔父さんにも会っておきたいよね」と言ってくれていたので、これは嬉しかった。
そして夕方の4時すぎ。
法要会場をあとにして、一同は2台に分乗して叔父が入所しているホームへと移動。いとこがセッティングしてくれたものの、面会者は3人までという制約があるので、いとこ・自分・弟の3人で入館して叔父が暮らす個室に向かった。叔父と会うのは、何年ぶりやろうか。
そして、叔父と再会の時間。
いとこが耳元で、いま一緒に自分と弟が訪問してきたことを告げると、自分たち兄弟それぞれを何度も交互に見比べた後、驚きの表情が浮かぶと共に一時だけクシャッと崩れ、自分の部屋に行って話そう…みたいな言葉を、いとこに伝えた。そして叔父の個室に入り、あとから思えばわずか15分ほどの時間ながら、あれこれと会話した。叔父はいま101歳ということやけど、思ったよりしっかりしていて記憶力もしっかりしており、自分も弟も安堵した。そしてこれは痛恨の反省事ながら、叔父がこれほど喜んでくれるのやから、叔母がまだ元気でいる頃に(いとこに相談して反対されたとしても)ホームを訪問して叔母と再会すべきやった…と思った。後悔先に立たず。我れ事において後悔せず。今後はそれを強く意識したい。
さよなら、倉敷
叔父との面会を終えて、外に出た。
これで今回の、一連の行事はすべて終了した。本来なら、ここから車を運転して兵庫県に帰るはずの弟夫婦やけど、自分たち夫婦をJR児島駅まで送ってくれるというのでお言葉に甘えることにした。そして児島駅に着き、弟夫婦とはここでお別れ。ここまで移動する車中、弟ともあれこれいろいろ雑談・情報交換できたが、その中で大きな収穫は「もうすぐ定年退職を迎える弟の未来図」。自分より4つ下でいま58歳の弟は、かれこれ長年ずっと「自宅は兵庫県、仕事場は福井県」という単身赴任を続けてきた。そんなの俺には到底できんわ…と思うし、だからこそ尊敬もしてるのやけど、弟いわく「2年たって60歳になったら定年退職してね、それで単身赴任生活も解消させるつもりやし、その後のことはまた考えるよ」てな決意らしいから、その通りに進むのやろう。
そしてもうひとつ。
兄弟で「これを何とかせんといかんよな」という共通認識ができたのは、墓じまいの話。自分とカミさんの出身地である高松市には自分とカミさんのそれぞれの家のお墓があり、カミさん家については将来的にも心配ないものの、わが家系については「墓じまい」を考えないといけない段階になりつつある。今回の法要出席を機会に、その墓じまいに向けて弟と話をできたのはありがたかったし、今後はそれを着実に実行していく責務が自分にある。
児島駅で、18時台前半のマリンライナーに乗車。
かなり久しぶりの今回の倉敷訪問は、叔母の四十九日法要という形・要因によるものやったけれど、不謹慎なことながらあえて書くならば、次回の倉敷訪問は叔父の逝去…というのが実現した場合やろうと、そう観念している。そしてあえて言えば、今回いとこがセッティングしてくれた叔父との再会について、叔父もいとこも自分も弟も、誰もが「あとから振り返れば、あれが最後に会えた機会だった」と、そう振り返るような気もしている。
徳島に帰る
マリンライナーで高松駅に着き、ホームを移動。
復路ルートのうち「高松〜徳島の特急利用」の切符はまだ買ってないものの、そのまま特急うずしおの自由席に乗り込んで、切符は徳島までの移動中に車内で購入する事にした。
移動中、係員さんから切符購入。
ただ、ちとおかしい。あまりにも値段が安すぎる。スマホであれこれチェックしてみたら、係員さんはなにか勘違いをして「高松〜徳島の特急料金部分」(1200円)だけ徴収して「運賃部分」を入れていない感じ。なので、徳島駅についてから精算して、不足分を支払った。
徳島駅から歩いて、夫婦で帰宅。
留守番をしてくれていた上の子供に、偶然にも倉敷のおじさんに面会できた事を伝えると、私も行きたかったなーと残念そうに言っていた。その気持ち、わかるよ。自分にとって叔母夫婦が親代わりだったように、うちの子供たちからすると叔母夫婦は「おじいちゃん・おばあちゃん」という存在だったし、叔母夫婦といとこと同居していた家では男の子の孫しかいなかったから、わが家の娘たちを「女の子の孫」のように可愛がってくれた。とりあえず叔母の四十九日法要に参列でき、思いがけず叔父にも再会できて、ホッとした。これから自分がやるべきことは、弟とも話した「いま高松市にある墓の墓じまい」になる。そのうちいつかと思っていたらズルズルしてしまうから、65歳になるまで(あと3年ぐらい)には区切りをつけたいと、そう決意した。これをやっておけば、うちの家族も弟夫婦も安心できるやろう。







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