2017.8.12(土)

▷ラ・カンパネラ
 相変わらずテレビは観ないで、代わりにYouTubeでいろんなものを見ている。辻井伸行
 さんの演奏(前に書いたけど)のラフマニノフのピアノ協奏曲、それからラ・カンパネラは
 何度も観ていて、特に後者のオーストリア版は毎回、なぜか涙があふれてくる。パソコン
 でウィキペディアにアクセスして「ラ・カンパネラ」を調べてみる。正しくは「ラ・カン
 パネッラ」というのか。フランツ・リストのピアノ曲で、ニコロ・パガニーニの曲の主題
 を編曲して書かれた…とか。ラ・カンパネッラ、イタリア語では「鐘」の意味らしい。


 そういえば、浅田真央さんの使用曲の中にはラフマニノフのピアノ協奏曲もあったけど
 たしか「鐘」という曲もなかったかな。クラシック全般を聴いてるわけじゃないけど、
 日本人の好みや琴線に触れる曲調・メロデイーが少なくないように感じるな。音楽再生
 専用機になってるiPod1号にもいろんなクラシックが入ってるけど、缶コーヒーのジョー
 ジアヨーロピアンのTV-CMで使われたらしい、マンドリンによるラフマニノフの交響曲
 第2番第3楽章(抜粋版)もすきだな。

▷イオンは断念、来週フジグラン
 結婚式の礼服を見にイオンへ行こうかと考えてたけど、自転車を持たない自分からする
 と市駅から郊外電車に乗って「いよ立花」とかで降り、ちょっと歩いて…という手段が
 面倒臭く感じて断念。昨日のフジグランで感じはつかめたから、今週またフジグランに
 出かけて購入しようと思う。


▷阿波おどり開幕
 カミさんから自分と子供たちにむけて「阿波おどり開幕」の携帯メールが届いた。これ
 からまた毎年恒例の、熱狂の四日間が始まるんだな。


 期間中は、市内中心部の屋外4ヶ所ぐらいに有料の演舞場が仮設されるけど、自分とカミ
 さんが好きだったのは両国本町の通りに仮設される無料演舞場かな。無料というだけで
 なく、通りに面したいろんな店や(空きスペースを利用した)臨時の出店があって、数年前
 に買って食べた「ブラジルのシュラスコ」はとても美味しくて、今でも夫婦で話題になる
 ものの、もう今は見かけなくなったからとても寂しい。あと、ラーメン屋さんの店先で
 生ビール販売もしてたけど、この生ビールもとても美味しくて記憶に残ってる。

 有料演舞場もそれなりにいいんだろうけど、自分の席で座ったままでしょ。両国本町の
 場合、どこか席が空いてたら座ってしばらく見るもよし、飽きたら席を立ち散歩がてら
 移動して(前述したように)買い食いしたりとか、ちょっと横道に入ったら(次の演舞場へ
 移動している)いろんな「連」とも遭遇できるし、町の風景も楽しめる。個人的には有料
 演舞場のチケットを買わなくてもいいかな…って思うな。両国本町だけでなく、徳島駅
 前から眉山のふもとの阿波おどり会館の方向に続く道筋でも楽しめるしね。ちなみに上
 の写真は数年前、徳島駅前の「そごう」一階に飾られてた「連」の提灯を撮影した。



▷ラーメン好きから退潮傾向
 軽く一ヶ月は「えんや」に行ってない。秋から冬の時期はほぼ一週間に一度は通ったも
 のの、今年の梅雨時期からこの夏の盛りまでをふりかえると、ほとんどラーメンを食して
 ないのに驚く。この間に食べた数少ないラーメンは、マルタイとうまかっちゃん。サッ
 ポロ一番のミソラーメン(袋麺)は、今も買ったまま台所に放置している。外でラーメンを
 食べなくなったわけは、この時期の暑さと、そして自分が食べたい(食べられる)量よりも
 多いことかなあ。「えんや」は分量的に問題ないけど、身体がいまは欲してない。

 高齢化社会を考えたらね、これまでも「ラーメン+半(ミニ)チャーハン」みたいなセット
 メニューはあったから、どこか「ミニラーメン」とか「半ラーメン+半チャーハン」てな
 セットを出してくれてもいいかな…と、ちょっと考えてしもた。個人的な考えかもしれな
 いけど、ちょこちょこっと数種類食べられて、満腹感はいらない。一般に「腹八分目」
 とかあるとしても、個人差はあるからもっと少なくてもいい。作った食べ物を無駄に捨
 てなくていいように、作る側も注文する側もきちんと考えて、改善できればいいな。

▷洗濯機
 いまの部屋を出てほんの30秒ほど歩いたら、たぶんいまはもう誰も住んでないんだろう
 なぁ…と見受けられる古いお宅が一軒ある。道筋に沿う屋外に、洗濯機があった。


 朽ちた洗濯機だったけど、ふと思ったなあ。自分の幼い頃の時代を。この洗濯機をじっ
 くり観察したわけじゃないけど、左の部分が洗濯槽/右の部分が脱水槽に見える。自分
 の記憶の中の洗濯機はそうじゃなく、左右どちらかに洗濯物をはさみこみギュウギュウ
 と水気を絞り出すみたいな、そんな部分があった記憶しかない。

 うん、洗濯機から、思い出の探索が始まったんだ。自分が生まれた頃、アパート住まい
 だった。当時のアパートという構造で、それぞれの家の洗濯ってどうしてたんだろう。
 その後、そのアパートにほど近い場所の一軒家(平屋)を借りて住むようになって、その家
 での洗濯機のイメージが前述したものなのかどうか、それはわからない。数年前にね、
 高松へ足をのばす機会があった時、その借家跡なりアパートを見にいったんだ。アパート
 はまだ健在だったけど、借家があった場所は更地化されて駐車場になっててね、たしか
 これぐらいの範囲だったよな…と思って目測ではかってみたら、すごく狭くて驚いた様
 な記憶がある。こんなスペースの中、どこに洗濯機を置いてたのか。あるいは、先の思い
 出は自分の思い違いで、洗濯機って本当にあったのかな…と考えてしまった。


 なんせ、風呂のない借家だったから、風呂というと歩いて20分ほどの銭湯通いだったし
 夏場とかは室内の狭い土間で行水してたような記憶もある。

 だから…かなりかなり昔。矢沢栄吉さんの「成りあがり」を読んだ時に、その幼少期の
 おばあちゃんとのくだりと、何かに向かって怒りを感じてた自分などで共感したのかも
 しれない。いまよく「格差のない社会を」とか言うけど、格差というか金持ちから貧乏
 までの格差はあった。小学校時代も、家がそこそこ順調な商いをしてたり・会社員の家
 庭でもお父さんがそこそこいい会社に勤めていい立場にあればそれなりに裕福、だから
 着てる服とかにも差はあったけれど、教室の中じゃあまり関係なかった。

 差はどうであれ、みんなそれぞれに能力・特技を持ってたし、認め合っていたし、格差
 はあっても「誰もが認められた時代」だったと思う。繰り返して書くけど格差はあった
 ものの「それを無くそう」なんて考えなかった。なぜか。格差はあるけど、それに無関
 係で「みんなが平等に生きられた」から。

 格差はなくならないし、続くと思う。でも大事なのは、格差があっても「人間としてど
 う生きるか・発言するか・行動するか」だろうと思う。

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