2019.6.23(日)
地元新聞はチラシが豊富
自宅に戻って気づいたのは、徳島新聞があること。
ある時期から産經新聞オンリーながら、カミさんいわく3ヶ月だけとる事になったの…とのこと。うん、それはそれでいい。地元新聞だけに、チラシの多さにあらためて驚く。ただ、それなりにありがたい。うちの場合、いずれ冷蔵庫の買い替えを考えてるから、ヤマダ・ケーズ・エディオンといった店のチラシがあると参考になる。ただ、やっぱりカミさんらしいなーと苦笑してしまう。というのも、ちょいと前に新しい炊飯器を買ったものの「まだ壊れてないから…」と古いのを使い倒していて、新しい炊飯器の出番はまだ少し先になるやろう。冷蔵庫とて同様で、いずれ買い替える方向ながら「いまのこれって、真ん中がそこそこ大きいサイズの野菜庫ですごく使いやすいのよ〜」とも言う。けれども、いずれ買い替え時期は来るやろうし、転籍・再就職したら給料面は少なくなってローンとか分割払いも避けたいから、今のうちに買い替え用の代金を確保しておこう…と思ってる。あ、食器棚の代金確保も必要だなあ。
まもなく子供の誕生日
今度の土曜日は、上の子供の誕生日。
あっという間に時は流れて、子供も30歳ちょいすぎ。元気でいてくれよ…と、ただただ祈る。
台湾に残る「お召し列車」の話題
いつも巡回する「パンドラの憂鬱」でみた。
台湾には今もこうしたものが残って(残してくださって)いた…という思いの一方、日本に関する建物を破壊した国のことを考えた。台湾、いつか訪れてみたい国だ。
おかあちゃん
おかあちゃん、という言葉の響きがいい。
亡くなったカミさんのお父さんは、妻であるお母さんのことをそう呼んでいた。振り返れば、自分もそうだった。自分の母親については昔も今も、おかあちゃん。時が移り、自分も子供たちもカミさんのことを「おかあちゃん」とは呼ばないけれど、将来なにかの折りに、カミさんのことをそう呼ぶかもしれない。カミさんという呼称とは別に、自分にとって大きな存在・大切なものを意味する言葉として「おかあちゃん」は、いい響きだと思ってる。自分にとっての「おかあちゃん」は、自分を産んでくれた実の母と、その母が40歳代で亡くなったあと精神的な「おかあちゃん」となった祖母、そして第3の「おかあちゃん」がカミさんになる。この3人のおかあちゃんが、いま生きている自分を育んでくれた。
あと一週間で退職、再就職
この休暇消化の期間中、まだ退職辞令の情報なし。
たぶん今週末の金曜日・28日が退職辞令日で、出社して辞令を受け取ることになるはず。これで、高校卒業後の社会人一期目の39年間が終わり、60歳定年より2年早い定年退職〜新しい会社への転籍・再就職となって、社会人二期目がはじまる。
常々「振り返れば、すべてに意味があった」と得心してる自分やが、今回の異動〜定年退職〜転籍〜再就職という流れも、まさに必然のタイミングだった気がする。定年は60歳ながら、実際には55歳から定年期間として設定されて、個々の判断に任されている。57歳からは毎月の給料が8割となったし、もし転勤がないまま今も松山にとどまっていたら、ちょうどこれから数年にわたる大きなプロジェクトのおかげで多忙を極めると共に、単身赴任もそのまま継続になって、健康面でも不安が増加したように思う。
つづき
それが徳島にもどる事で、解消できた。
来月からはじまる新しい会社員生活では、これまでよりも更に給料は減るものの、仕事の量も松山時代よりかなり軽減される。仕事のペースものんびりとなり、自分なり家庭に費やす時間も増え、仕事をしながらの老後生活…という新しいステージに移行する気がする。これから大切なのは、自分の松山単身赴任時代にはなかなかできなかった、カミさんなり子供たちとのコミュニケーションやろう。これからそれを大事にしていく。
自宅に戻って気づいたのは、徳島新聞があること。
ある時期から産經新聞オンリーながら、カミさんいわく3ヶ月だけとる事になったの…とのこと。うん、それはそれでいい。地元新聞だけに、チラシの多さにあらためて驚く。ただ、それなりにありがたい。うちの場合、いずれ冷蔵庫の買い替えを考えてるから、ヤマダ・ケーズ・エディオンといった店のチラシがあると参考になる。ただ、やっぱりカミさんらしいなーと苦笑してしまう。というのも、ちょいと前に新しい炊飯器を買ったものの「まだ壊れてないから…」と古いのを使い倒していて、新しい炊飯器の出番はまだ少し先になるやろう。冷蔵庫とて同様で、いずれ買い替える方向ながら「いまのこれって、真ん中がそこそこ大きいサイズの野菜庫ですごく使いやすいのよ〜」とも言う。けれども、いずれ買い替え時期は来るやろうし、転籍・再就職したら給料面は少なくなってローンとか分割払いも避けたいから、今のうちに買い替え用の代金を確保しておこう…と思ってる。あ、食器棚の代金確保も必要だなあ。
まもなく子供の誕生日
今度の土曜日は、上の子供の誕生日。
あっという間に時は流れて、子供も30歳ちょいすぎ。元気でいてくれよ…と、ただただ祈る。
台湾に残る「お召し列車」の話題
いつも巡回する「パンドラの憂鬱」でみた。
台湾には今もこうしたものが残って(残してくださって)いた…という思いの一方、日本に関する建物を破壊した国のことを考えた。台湾、いつか訪れてみたい国だ。
おかあちゃん
おかあちゃん、という言葉の響きがいい。
亡くなったカミさんのお父さんは、妻であるお母さんのことをそう呼んでいた。振り返れば、自分もそうだった。自分の母親については昔も今も、おかあちゃん。時が移り、自分も子供たちもカミさんのことを「おかあちゃん」とは呼ばないけれど、将来なにかの折りに、カミさんのことをそう呼ぶかもしれない。カミさんという呼称とは別に、自分にとって大きな存在・大切なものを意味する言葉として「おかあちゃん」は、いい響きだと思ってる。自分にとっての「おかあちゃん」は、自分を産んでくれた実の母と、その母が40歳代で亡くなったあと精神的な「おかあちゃん」となった祖母、そして第3の「おかあちゃん」がカミさんになる。この3人のおかあちゃんが、いま生きている自分を育んでくれた。
あと一週間で退職、再就職
この休暇消化の期間中、まだ退職辞令の情報なし。
たぶん今週末の金曜日・28日が退職辞令日で、出社して辞令を受け取ることになるはず。これで、高校卒業後の社会人一期目の39年間が終わり、60歳定年より2年早い定年退職〜新しい会社への転籍・再就職となって、社会人二期目がはじまる。
常々「振り返れば、すべてに意味があった」と得心してる自分やが、今回の異動〜定年退職〜転籍〜再就職という流れも、まさに必然のタイミングだった気がする。定年は60歳ながら、実際には55歳から定年期間として設定されて、個々の判断に任されている。57歳からは毎月の給料が8割となったし、もし転勤がないまま今も松山にとどまっていたら、ちょうどこれから数年にわたる大きなプロジェクトのおかげで多忙を極めると共に、単身赴任もそのまま継続になって、健康面でも不安が増加したように思う。
つづき
それが徳島にもどる事で、解消できた。
来月からはじまる新しい会社員生活では、これまでよりも更に給料は減るものの、仕事の量も松山時代よりかなり軽減される。仕事のペースものんびりとなり、自分なり家庭に費やす時間も増え、仕事をしながらの老後生活…という新しいステージに移行する気がする。これから大切なのは、自分の松山単身赴任時代にはなかなかできなかった、カミさんなり子供たちとのコミュニケーションやろう。これからそれを大事にしていく。
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