2018.1.21(日)
▷今週は宿直なし
本来の基本勤務パターンだと、2週間に一回の宿直勤務で、今週はようやくそのパターン
に落ちつき、今日は日勤。
何事もなく平穏に過ぎてゆき、昼は持参した寿司と赤だしを食べ、ちょうどよい分量。
食後、赤だしを作ったマイカップをささっと洗い、机に入れてるスティック型のカフェ・
オレとお湯を入れて、食後のカフェタイム。
▷読書
夕方6時すぎに退社。今日は生協マーケットが定休日なので、部屋からほど近いコンビニ
に立ち寄って少し買い物をして帰宅。
さて、明日はプラスチックごみの日。以前ちょくちょくクリーニングに出していた時期に
たまったハンガーは、クローゼットで使ってる分と部屋干しスペースに必要な数だけ残し
6本ほど断捨離として処分する。
▷読書メモ/「ゆるい生き方」(本田直之)より
●目的もなく海に行く
自分もカミさんも海が好きだ。マリンスポーツとかやってるわけではなく、風景や潮
の香りが好き。徳島から高松へ高速道で帰省する際、一番長い大坂トンネルを抜けて
香川県に入り、やがてちょっと坂を越えて下りになるあたりで、眼前にはおだやかな
瀬戸内の海とか湾がひらけて見えてくる。高速道でなく下の一般道なら海岸線に近い
ところもあって、なおいい。おだやかな海と、こんもりした可愛い山々。香川(高松)に
帰省するたび、ああ…おだやかだなぁと感じる。
●公共の場で怒らない
このページを読んでて、あらためて昨年の(親類の結婚式出席のための)東京旅行の際の
1シーンを思い出した。ブログにも書いたが、徳島空港でまもなく搭乗という時、何か
手違いがあったんだろうなあ…自分より若い男性(三十代ぐらいか)が、搭乗口のゲート
を越えたすぐの場所で、係員さん二人に猛烈にくってかかってた。ご当人にすれば、
よほど腹の立つことだったのかもしれないけれど、ちょっと残念だった。
●歩く速度で街を見る
このページに《歩くスピードで街を眺めることで「街から気づきを得る」という方策
がある》と書かれている。街の雰囲気を含め、四季折々を感じるのは大事だと思う。
スマホばかり見ず・イヤホンしたままでなく、空を見上げたり、街の風景を眺めたり
いろんな音を聴きながら、風や匂いを感じ、過ぎゆく「この瞬間」を身体や脳裏に刻
んでおきたい気がする。
●スーツをやめて ネクタイを捨てる
筆者が書いているのは、スーツ姿が仕事着のサラリーマンが主体と思われるので、スー
ツでなくカジュアルな服装がふだんの仕事着である自分の感覚とは、ちと違う。普段
がカジュアルだからこそ(ネクタイは別として)たまにスーツを着る機会があるのがいい
と思うし、スーツでなく「ジャケット」は休みの日でも着るようにした方がいい…と
感じてる。
▷終の住処
いずれカミさんと二人しての「終の住処」をどこにするかは、まだまだ見えないけど、
ちょっと前に高松市の住宅情報を見ていて「うん、こんな家もいいな」というのが一つ
あった。残念なことに賃貸ではなく、中古マンションだったけど、リフォーム済みで、
写真を見るとすごくいい感じだった。
その主な理由は、以下の通り。
●マンションの一階で、そこそこの専用庭があること。(倉庫っぽいのも写真で見えた)
●一階だから、引っ越しも(エレベーターを使わずに済むから)楽だろう。
●唯一の和室がリビングとつながっているのはわが家と同じながら、和室面積が広い。
●その他の部屋は、洋室が一つ、サービスルームが一つ。
●リフォームのたまものか、室内の廊下スペースにクローゼットが整えられている。
こういうのが賃貸とかであればいいんだけど、多分ないだろうな。これからカミさんと
いろいろ話をしながら、少しずつ終の住処の選定に入らないといけない。
▷松山は、いい思い出のある街
先ごろ、帰省した時の話。カミさんと上の子供の会話の中で、松山時代の思い出がいく
つか語られると共に、二人とも「松山、良かったね…」とか「また行ってみたいな」と
言っていた。
今からちょうど30年前の1988(昭和63)年、初めての転勤先が松山で、それが第一回目
の松山生活で、自分とカミさんと上の子供の三人で移り住んだ。その後、平成の時代に
なって下の子供が誕生して家族四人となり、松山で6年間暮らした。第二回目と三回目の
松山生活はいずれも自分だけの単身赴任だから、カミさんと子供にとってはこの6年間の
思い出が松山の印象だけど、いい印象だったらしい。
四国四県に関する自分の印象でいうと、生まれ育った香川は「うどんと骨付鶏」、いま
自宅がある徳島は「阿波おどり」、高知は「維新の志士がらみ」てな感じの中、愛媛と
いうか松山は(俳句など)「文化的なもの」の感じが強いように思う。街の雰囲気も人柄も
おだやかで、もしも(If)という仮定ができるなら、終の住処になっていたかも知れない。
本来の基本勤務パターンだと、2週間に一回の宿直勤務で、今週はようやくそのパターン
に落ちつき、今日は日勤。
何事もなく平穏に過ぎてゆき、昼は持参した寿司と赤だしを食べ、ちょうどよい分量。
食後、赤だしを作ったマイカップをささっと洗い、机に入れてるスティック型のカフェ・
オレとお湯を入れて、食後のカフェタイム。
▷読書
夕方6時すぎに退社。今日は生協マーケットが定休日なので、部屋からほど近いコンビニ
に立ち寄って少し買い物をして帰宅。
さて、明日はプラスチックごみの日。以前ちょくちょくクリーニングに出していた時期に
たまったハンガーは、クローゼットで使ってる分と部屋干しスペースに必要な数だけ残し
6本ほど断捨離として処分する。
▷読書メモ/「ゆるい生き方」(本田直之)より
●目的もなく海に行く
自分もカミさんも海が好きだ。マリンスポーツとかやってるわけではなく、風景や潮
の香りが好き。徳島から高松へ高速道で帰省する際、一番長い大坂トンネルを抜けて
香川県に入り、やがてちょっと坂を越えて下りになるあたりで、眼前にはおだやかな
瀬戸内の海とか湾がひらけて見えてくる。高速道でなく下の一般道なら海岸線に近い
ところもあって、なおいい。おだやかな海と、こんもりした可愛い山々。香川(高松)に
帰省するたび、ああ…おだやかだなぁと感じる。
●公共の場で怒らない
このページを読んでて、あらためて昨年の(親類の結婚式出席のための)東京旅行の際の
1シーンを思い出した。ブログにも書いたが、徳島空港でまもなく搭乗という時、何か
手違いがあったんだろうなあ…自分より若い男性(三十代ぐらいか)が、搭乗口のゲート
を越えたすぐの場所で、係員さん二人に猛烈にくってかかってた。ご当人にすれば、
よほど腹の立つことだったのかもしれないけれど、ちょっと残念だった。
●歩く速度で街を見る
このページに《歩くスピードで街を眺めることで「街から気づきを得る」という方策
がある》と書かれている。街の雰囲気を含め、四季折々を感じるのは大事だと思う。
スマホばかり見ず・イヤホンしたままでなく、空を見上げたり、街の風景を眺めたり
いろんな音を聴きながら、風や匂いを感じ、過ぎゆく「この瞬間」を身体や脳裏に刻
んでおきたい気がする。
●スーツをやめて ネクタイを捨てる
筆者が書いているのは、スーツ姿が仕事着のサラリーマンが主体と思われるので、スー
ツでなくカジュアルな服装がふだんの仕事着である自分の感覚とは、ちと違う。普段
がカジュアルだからこそ(ネクタイは別として)たまにスーツを着る機会があるのがいい
と思うし、スーツでなく「ジャケット」は休みの日でも着るようにした方がいい…と
感じてる。
▷終の住処
いずれカミさんと二人しての「終の住処」をどこにするかは、まだまだ見えないけど、
ちょっと前に高松市の住宅情報を見ていて「うん、こんな家もいいな」というのが一つ
あった。残念なことに賃貸ではなく、中古マンションだったけど、リフォーム済みで、
写真を見るとすごくいい感じだった。
その主な理由は、以下の通り。
●マンションの一階で、そこそこの専用庭があること。(倉庫っぽいのも写真で見えた)
●一階だから、引っ越しも(エレベーターを使わずに済むから)楽だろう。
●唯一の和室がリビングとつながっているのはわが家と同じながら、和室面積が広い。
●その他の部屋は、洋室が一つ、サービスルームが一つ。
●リフォームのたまものか、室内の廊下スペースにクローゼットが整えられている。
こういうのが賃貸とかであればいいんだけど、多分ないだろうな。これからカミさんと
いろいろ話をしながら、少しずつ終の住処の選定に入らないといけない。
▷松山は、いい思い出のある街
先ごろ、帰省した時の話。カミさんと上の子供の会話の中で、松山時代の思い出がいく
つか語られると共に、二人とも「松山、良かったね…」とか「また行ってみたいな」と
言っていた。
今からちょうど30年前の1988(昭和63)年、初めての転勤先が松山で、それが第一回目
の松山生活で、自分とカミさんと上の子供の三人で移り住んだ。その後、平成の時代に
なって下の子供が誕生して家族四人となり、松山で6年間暮らした。第二回目と三回目の
松山生活はいずれも自分だけの単身赴任だから、カミさんと子供にとってはこの6年間の
思い出が松山の印象だけど、いい印象だったらしい。
四国四県に関する自分の印象でいうと、生まれ育った香川は「うどんと骨付鶏」、いま
自宅がある徳島は「阿波おどり」、高知は「維新の志士がらみ」てな感じの中、愛媛と
いうか松山は(俳句など)「文化的なもの」の感じが強いように思う。街の雰囲気も人柄も
おだやかで、もしも(If)という仮定ができるなら、終の住処になっていたかも知れない。
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