2018.9.12(水)

平成も三十年
ふと考えれば、平成元年に生まれた人も三十歳。それなりの歳月だなと感じる。
かつて、職場に新人さんが配属された際に「ほう、いよいよ平成生まれが入って来たか」と感じたものやけど、そうした人たちがはや三十歳。こっちもそれだけ年をとるはずだなあ。そんなことを考えながら、日勤の仕事につく。午後1時すぎからの休み時間は、あまりお腹が空いてないので、コンビニでミニクリームクロワッサン(5個入り)とアイスコーヒーのレギュラーサイズを買い、公園のベンチにて。

初めてウェブで更新手続
少し前にメールで、自動車保険会社から「11月が保険更新時期です」てな案内が届いた。
これまでなら、自宅に届いた案内資料や更新手続用紙をカミさんに松山に送ってもらうという手間をかけてたけど、どうやらネット上でも手続きができるらしいので、昼休みに初めてやってみた。入力と確認の作業自体はごく簡単で、難しいものはない。ただ改めてびっくりしたのは、愛車カローラフィールダーがわが家に来たのが、平成13年10月だということ。かれこれ17年になろうとするのか、よく働いてくれてるよなあ。


ガラケーの歴史
うちは、ガラケー夫婦。いずれも折り畳みタイプ。
カミさんは東芝製のワインレッド、自分はソニーエリクソンのゴールド。自分が初めて買ったケータイは、ドコモのデジタルムーバ。iモード全盛期で、こんなやつだったと思う。買ったのはたしか、かれこれ20年ちょっと前の東京勤務時代で、その当時は会社内のあちこちで日替わりで仕事をしてたので、カミさんが自分に連絡したい時に確実に対応できるように、初めてケータイを持つことにした。

1代目ケータイは、ドコモのデジタルムーバだった
 
ただし、その後。東京から四国へ転勤で戻る際、それまで全く縁のなかった徳島に不時着。
そして徳島での毎日は、ほぼ決まったフロアスペースでの仕事だったから、職場の外線電話にカミさんがかけてくれば必ず取れたので、ケータイの使用頻度が減ったと思う。結局のところ、この徳島時代は合計して11年間になり、その間にわが家も賃貸住宅→社宅→集合住宅物件を購入(いまの自宅)…という住まいの移り変わりがあったが、この期間のケータイの記憶がほとんどない。使わないから、解約したんだろうな。

ふたたびケータイを持つのは、今から10年前の2回目の松山時代。初の単身赴任だった。
当時すでにカミさんもケータイを持ってたけれど、自分は「カミさんにメールや電話ができればいい」と割り切っていたので、2代目ケータイは値段の安かったボーダフォンのプリペイドタイプにした。

右が2代目のボーダフォン(プリペイド方式)、左が3代目で現役のソニーエリクソン

ただ、やがてカミさんから相談があって、同じauにしたらどうかしら…と持ちかけられたので、その最初の単身赴任の時期あたりで3代目のソニーエリクソンに移行して、いまに至っている。だから、この3代目が一番長いつきあいで、10年近くになるだろう。そしてこれまでの期間、故障は一回もないし、自分が唯一やったのは予備の内臓バッテリーを確保したこと。予備は2個ある。だからたぶん、いずれまた同機種の同じカラーか違う色の中古品を買い、auに持っていって変更手続をするんだろう…と思う。ガラケーで電話&メールの機能は保持しつつ、iPodやiPadとWimax2の組み合わせがあるから、スマホは買わない可能性が高い。

ガラケーのセンターボタンが、取れてしもた
職場で、この先のスケジュールをガラケーに入力してた時、アクシデントが発生。
センターボタンの表面部分が剥がれてしまい、親指にくっついて来た。カミさんのケータイもこの部分あたりの損傷が激しいように聞いてるけど、ついにやって来たか。取りあえず折りたたんだままにし、表面部分が外へポロリと落ちないようにして、帰宅してから接着剤で修復した。人間と同様、長く働いていればあちこちに痛みや劣化は出てくる。でも、大事に使いたい。今はなき会社の製品…ということも含めて。


うっとおしい旦那にならないために
部屋の一角に、カミさんがくれた木製のタブレット置き台がある。
普段はiPadを立てかけているので見えないけれど、その後ろにカミさんの手書きのハガキが置いてあり、そこには「ありがとう…そして、これからも」との自筆が記されている。その思いは、自分も同じ。カミさんという存在があればこそ、ここまでやってこれた。定年後の人生がどんな風になるかはわからないけど、うっとおしいと思われないように、気をつけないといけないし、二人して穏やかに過ごしたいと思う。

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