2022.2.7(月)


ホットサンドとオムライス
今日と明日は、昼から夜までの仕事パターン。
昼から仕事につき、やがて午後1時すぎから休憩。カミさんが用意してくれた風呂敷包みをひらくと、紙袋とタッパーがひとつずつ。紙袋の中身はホットサンド(ハム&チーズ)2切れで、ブラックコーヒーとあわせて口にした。

しばらくして、午後のおやつ時刻。
ちょっと小腹がすいたので、次にタッパーを開けてみた。カミさんが「おかずなしでゴメンねー」と言っていたけど、なるほどなるほど、オムライスを用意してくれたのやな。3分の1ほど口にして、あとは夕食の足しにする。


冬季五輪に思うこと
今回、メダルラッシュとかは別にいいと思う。
コロナを含め、選手たちがなるべくケガなく元気でいてくれれば、それが何よりやな。ネット記事をみると、開催地の地元はウインタースポーツにさほど関心がない印象を受けるし、一部の競技会場ではテレビ中継を通して自国応援のにぎやかな(うるさいと言うべきか)声援が飛び交っているのも聞こえたりして、ヤレヤレやっぱりなぁという感じ。

かと思えば。
主催国の大中華さんに対して小中華(K国)さんが、衣装のことやら選手村の食事のことでケチをつけたらしいとか。小中華はどこでも・何につけても文句を述べる傾向があるように思うけれど、食事に関するケチというのは「脂っこいものが多い」とかの理由らしいから、あっさりしたものが少ないのやろうかな。野菜類とか品数が少なかったり、鶏の唐揚げがなかったり、あるいはキムチがなかったりしてるのやろうかな。しかしまあ、小中華とて、辛いインスタントラーメンやらキムチに妙なものがあれこれ混入して世界的に騒がれてるらしいから、なんとも言えんな。それからマスコミは、選手村食堂の例のロボット配膳システムみたいなのをただただ絶賛してるのかもしれんけど、肝心の料理とかメニューとかに触れんのはちょっと能天気すぎるやろう。


ケンカ名人・芦原英幸
芦原英幸という人に、魅かれてしまう。
小島一志さんの一連の「極真空手」著作を読んでいるうち、登場人物の中でもっとも興味が湧いたのが芦原さんだったし、自分は劇画「空手バカ一代」の愛読者でもなかったから劇画の影響もなく、なるべく芦原さんの実像に近いものを知りたいと思って小島さんの著書「芦原英幸正伝」を図書館で借りてきて、ゆうべから読み始めた。

読み始めて、まもなくの事。
芦原さんがすでに亡くなっている事、それも若くして亡くなられた事は小島さんの著書でおぼろげながらわかっていたものの、詳細を知るためにウィキペディアを参照してみた。1995年(平成7年)の4月、50歳で亡くなられている。驚いたのは亡くなられた原因で、1992年に筋萎縮性側索硬化症…ALSを発症して闘病生活に入り、2年以上にわたる闘病生活の末その生涯を閉じた…とあった。

その「芦原英幸正伝」。
読み進めていくうちに脳裏に浮かんでくる芦原英幸像というのは、愛媛における道場(野村町や八幡浜市それから松山市)とリンクさせると、あたかも『吉田松陰と松下村塾』なり『坂本龍馬と海援隊』あるいは『土方歳三と新撰組』のような感じが強く、その中でいえば坂本龍馬のような人物像・雰囲気を強烈に感じてしまう。


芦原さんの道場といえば。
松山市に開いたという芦原会館の場所を、グーグルマップで見てみた。この「芦原英幸正伝」の記載ではJR松山駅から徒歩1分とあり、なるほど、あそこやったのかと合点がいった。自分のかつての松山単身赴任時代、徳島との間の移動手段にJR特急を使う場合は松山駅が起点なり終点で、松山駅で降りて三番町の通りを東にまっすぐ10分ほど歩けば、当時借りていた部屋に着く。芦原会館の住所というのが「松山市三番町…」というもので、三番町通りに沿った部分(東西に長い範囲)はかなり広い気がしたし、実際のところ、自分が借りていた部屋の住所も「松山市三番町…」だった。いまにして思えば、JR松山駅を利用した徳島往復の際なり、松山駅方面に用事があって出かけた歩いている時など、芦原会館の建物なり看板も無意識のうちに目にしていたような気がする。

芦原さん亡き後。
ご子息が後継として続けているらしいが、イメージとしては大山倍達さん亡きあとの極真会館に似ているような印象がある。武道だけでなく芸能・芸術…はたまた宗教も含め、突出した人物が出現して何かを興し、やがてその人が亡くなった後。子なり弟子なりが後を継ぐ事になっても「ひとつの流れ」のまま続く事もあれば、分裂して「いくつもの流れ」になってしまう事もある。たいていの場合「我こそ本流なり」と喧伝し、亡くなった初代が「人として惹きつけていた」のに対して、後継各流の場合は「初代の意志と技術をいかに間違いなく継承しているか」という点なり、あるいは「そこそこ踏み外さず、うまく組織運営できるか」という人がいるかどうか。そんな部分がこと「組織の運営なり継続」という面だけをとれば、現実的には鍵を握っているような気がする。しかしそれでも、そうではなかろうよ…と思う部分もある。この人ええなあ、好きやなあと思ったら、それでいい。その人から何かを学んだら、それを自分の糧にすればええのとちゃうやろか。

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