高松編・片原町と百閒町を散策する③
▷百閒町の通りを散策
散歩の向きを変え、百閒町を歩く。
スナック系の飲み屋さんが入ったビルがいくつかある一方、ここは料亭さんかな。
なかなか趣きがある景観。おそらく老舗なんでしょうね。
この料亭を超えると、もうすぐフェリー通り。そこまでの間に、こじんまりした寿司屋
さんとかもあった(すし秀)。飲み屋街の一角だけに、そこそこするんだろうか。
▷フェリー通りの向こうの百閒町
フェリー通りを渡り、百閒町の続きを散策。
すこし歩くと、この通りと片原町アーケードの間に狭い路地があり、ここにも小さな
飲食店が何軒かある。
▷続き
この路地の一角にたしか、とても小さな神社のようなのがあるはず。
この路地も自分の遊び場所の範囲の中だったし、ずっとずっと昔にはその神社らしき
ものを背景にして、その前に佇む曽祖母のモノクロ写真をみた記憶がある。
あった、たしかにここだ。
名称もいわれもまったく知らなかったけれど、華下天満宮というのか。 あとでネット
で調べてみたら「高松市最古の神社」とあった。
▷ふたたび片原町へ
この天満宮から180度向きを変えると、徒歩15秒ほどでふたたび片原町アーケード。
昔からある精肉店(いまだに店頭で、コロッケやメンチカツ、トンカツなどを揚げて
いる)はまだ健在。ここでメンチカツとか1個買い、紙袋に入れてくれたのをハフハフ
食べるのがささやかな贅沢だったなぁ。
そんな昔ながらの店もあれば、自分の記憶にない店もあり。
婦人服の店かなと思うと、小物雑貨らしきものもあって、それなりに楽しい。こちらの
アーケード部分にもいくつか飲食店があって、アーケード全体の距離はそんなに長くは
なくても、店舗はそこそこバラエティーに富んでいるような印象だった。
▷アディオス、片原町
およそ一時間の片原町・百閒町の散策を終えて、ふたたびコトデンの片原町駅へ。
ありがとうさん、片原町・百閒町。また縁と機会があれば、再訪できるだろう。コイン
ロッカーの荷物を取り出し、高松築港行きに乗り込んだ。
▷コトデンもカラフル
片原町の次が、終点の高松築港。
ホームに降りると、すぐ目の前にカラフルな電車がいる。金毘羅さんのある琴平行き
らしいが、車体には「綾川町」の文字やらいろいろなイラスト。なるほど、綾川町の
PR電車なのか。
今年は「瀬戸大橋開通30年」で、自分とカミさんと上の子供の三人が初めての転勤で
松山へ転居したのが、その年。以来、高松のカミさんの実家へのたまの帰省以外は、
高松で暮らしたことがない。その30年前当時の記憶だと、たしか香川県綾歌郡…との
表記に始まって、綾南とか綾上とかあったはず。たぶん合併とかで変わったんだろうと
思ってウィキペディアで見てみたら、2006(平成18)年に綾歌郡の綾南町と綾上町とが
合併してできたのが、綾川町だとか。
ちなみに、しばし香川を離れている自分にはややこしいけど、かつての綾歌郡の中で
自分の職場の先輩の家がある綾歌町は、現在は丸亀市らしい。
▷玉藻公園をしばし眺めて
高松築港駅のホームを降りると、すぐ真横に玉藻公園がみえる。
かつて、このすぐそばにはカミさんと結婚式を挙げた場所(ホテル)があったけれども、
かなり前に取り壊されてしまい、今はもう影も形もない。思い出の場所が消えてゆく
のは切ないけれど、思い出は消えない。瞼をとじれば、いつでも再会できる。
散歩の向きを変え、百閒町を歩く。
スナック系の飲み屋さんが入ったビルがいくつかある一方、ここは料亭さんかな。
なかなか趣きがある景観。おそらく老舗なんでしょうね。
この料亭を超えると、もうすぐフェリー通り。そこまでの間に、こじんまりした寿司屋
さんとかもあった(すし秀)。飲み屋街の一角だけに、そこそこするんだろうか。
▷フェリー通りの向こうの百閒町
フェリー通りを渡り、百閒町の続きを散策。
すこし歩くと、この通りと片原町アーケードの間に狭い路地があり、ここにも小さな
飲食店が何軒かある。
▷続き
この路地の一角にたしか、とても小さな神社のようなのがあるはず。
この路地も自分の遊び場所の範囲の中だったし、ずっとずっと昔にはその神社らしき
ものを背景にして、その前に佇む曽祖母のモノクロ写真をみた記憶がある。
あった、たしかにここだ。
名称もいわれもまったく知らなかったけれど、華下天満宮というのか。 あとでネット
で調べてみたら「高松市最古の神社」とあった。
この天満宮から180度向きを変えると、徒歩15秒ほどでふたたび片原町アーケード。
昔からある精肉店(いまだに店頭で、コロッケやメンチカツ、トンカツなどを揚げて
いる)はまだ健在。ここでメンチカツとか1個買い、紙袋に入れてくれたのをハフハフ
食べるのがささやかな贅沢だったなぁ。
そんな昔ながらの店もあれば、自分の記憶にない店もあり。
婦人服の店かなと思うと、小物雑貨らしきものもあって、それなりに楽しい。こちらの
アーケード部分にもいくつか飲食店があって、アーケード全体の距離はそんなに長くは
なくても、店舗はそこそこバラエティーに富んでいるような印象だった。
▷アディオス、片原町
およそ一時間の片原町・百閒町の散策を終えて、ふたたびコトデンの片原町駅へ。
ありがとうさん、片原町・百閒町。また縁と機会があれば、再訪できるだろう。コイン
ロッカーの荷物を取り出し、高松築港行きに乗り込んだ。
▷コトデンもカラフル
片原町の次が、終点の高松築港。
ホームに降りると、すぐ目の前にカラフルな電車がいる。金毘羅さんのある琴平行き
らしいが、車体には「綾川町」の文字やらいろいろなイラスト。なるほど、綾川町の
PR電車なのか。
今年は「瀬戸大橋開通30年」で、自分とカミさんと上の子供の三人が初めての転勤で
松山へ転居したのが、その年。以来、高松のカミさんの実家へのたまの帰省以外は、
高松で暮らしたことがない。その30年前当時の記憶だと、たしか香川県綾歌郡…との
表記に始まって、綾南とか綾上とかあったはず。たぶん合併とかで変わったんだろうと
思ってウィキペディアで見てみたら、2006(平成18)年に綾歌郡の綾南町と綾上町とが
合併してできたのが、綾川町だとか。
ちなみに、しばし香川を離れている自分にはややこしいけど、かつての綾歌郡の中で
自分の職場の先輩の家がある綾歌町は、現在は丸亀市らしい。
▷玉藻公園をしばし眺めて
高松築港駅のホームを降りると、すぐ真横に玉藻公園がみえる。
かつて、このすぐそばにはカミさんと結婚式を挙げた場所(ホテル)があったけれども、
かなり前に取り壊されてしまい、今はもう影も形もない。思い出の場所が消えてゆく
のは切ないけれど、思い出は消えない。瞼をとじれば、いつでも再会できる。
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