2018.10.9(火)
読書つづく
借りてきた本の一冊「現代語訳 論語と算盤」(渋沢栄一)を読む。
冒頭の「はじめに」に、この現代語訳をした守屋氏が書いてあるが、この著作は「渋沢氏が書いたわけではなく、その講演の後述をまとめたもの」。だからだろう、読み進めるうちに渋沢氏が目の前で・現代語で、講演・講義しているような感じがした。
肉の日
9がつく日はフジの「肉の日」、今日だ。
早いうちに買い物しておこうと、12時過ぎに軽装でトートバッグをかついで部屋を出てパルティ・フジへ。陽射しが強くて暑い。往復すると汗ばみそう。
小パックの惣菜類と肉パックの他、またサングリアを買おうか迷ったが、そういえば自宅の冷蔵庫にはワインも入れてたなぁと思い出し、ワインコーナーを眺めて見たら(税抜きだと)500円を切るワインが豊富にあったので、今回はカルロ・ロッシという白ワインを買う。手にして「軽いなあ」と思ったら、これはガラス瓶でなくペッドボトル。重たくなくて助かる。
《きょうの買い物》
・ぷりぷり! えびチリソース(小パック)…178円
・瀬戸内海産 小いわしの天ぷら…136円
・こだわり揚げのきつねうどん(小タイプ)…213円
・牛シマ腸(牛ホルモン)…429円
・ワシントンビーフ(肩ロース)…1000円
・白ワイン(カルロ・ロッシ/オーストラリア産)
人生も株価も、ヤマあればタニもあり
日経平均は24000円台を切っているが、こういうこともある。楽観でいく。
人生も楽観的ながら、それでも老後に向けてあれこれ(年金とか生活面とか)考えて少しずつ学んでいる途中ながら、すべてに意味がある…という心持ちは変わらない。
人生についてふと考えると、カミさんがいくつか誤解して、カミさんが(自分に対して)申し訳なく思ってるフシがいくつかあるので、書いておこう。例えば、社会人になって初任地の高松→松山へ転勤(家族で6年間過ごす)→東京転勤となり、東京時代は3年で終わって(不時着のように)初めて徳島で生活することになった。東京時代が3年で終わったのは、理由は二つ。もともと自分自身、東京転勤は少しも希望してなかったけど、一度は東京を経験しておけ…という上司の勧めもあったし、自分もそうした経験は必要かと考えたから。もはや今の時代じゃ珍しいだろうが、家族全員で東京に移り住んだ。
まだ続く
いまの時代なら、自分は東京へ単身赴任で行き、家族は6年間住み慣れた松山に残留するか、よきタイミングで高松の自宅に移るのもあったかもしれない。高松の自宅というのは、高松を転勤する事になる年に(カミさんの実家から電車で2駅ほど離れた所に)土地を買うと共に建てたもの。ただ、30年も前の時代、当時の年齢じゃ単身赴任というのは考えもつかなかったし、家族はよくぞ一緒に来てくれたと、感謝しかない。
東京生活が3年で終わった理由は、自分にある。新しい環境で、3年間のうちに疲労・疲弊していたこと。反面、いろんな仕事を経験できて幅が広がったことも確かで、この3年間で地方の6年間に匹敵する経験を積むことができた、と判断した。ならば、この経験・体験を四国に持ち帰って若手メンバーに継承しようと、そう考えた。
まだまだ続く
そして、3年ぶりの四国リターンは、なんと初めての土地・徳島への不時着。家族には相当、苦労をかけたと思う。そして普通なら、5〜6年過ごして次の新天地に移動するはずが、数年がかりの大きなイベントに遭遇して徳島に長く住まうことになり、その長い期間の中で自分の意識なり立場も変化した。
一番大きい変化は、職場の単なる中堅どころというポジションから、デスクという立場に変わったこと。若手を育てたい、よりよい職場環境を作りたい…という意欲がむくむくと湧いてきて、デスクトいう仕事に面白さを感じた。それをカミさんから見たなら、自分のしたい仕事をできなくなったように感じただろうけど、そうじゃない。自分のしたいことが以前とは別の道に移り、新しくやりたい事を十分に実現できた。だからこそ、カミさんや子供たちへの感謝の思いは、年々強くなる。ありがたかったよ、本当に。
借りてきた本の一冊「現代語訳 論語と算盤」(渋沢栄一)を読む。
冒頭の「はじめに」に、この現代語訳をした守屋氏が書いてあるが、この著作は「渋沢氏が書いたわけではなく、その講演の後述をまとめたもの」。だからだろう、読み進めるうちに渋沢氏が目の前で・現代語で、講演・講義しているような感じがした。
肉の日
9がつく日はフジの「肉の日」、今日だ。
早いうちに買い物しておこうと、12時過ぎに軽装でトートバッグをかついで部屋を出てパルティ・フジへ。陽射しが強くて暑い。往復すると汗ばみそう。
小パックの惣菜類と肉パックの他、またサングリアを買おうか迷ったが、そういえば自宅の冷蔵庫にはワインも入れてたなぁと思い出し、ワインコーナーを眺めて見たら(税抜きだと)500円を切るワインが豊富にあったので、今回はカルロ・ロッシという白ワインを買う。手にして「軽いなあ」と思ったら、これはガラス瓶でなくペッドボトル。重たくなくて助かる。
《きょうの買い物》
・ぷりぷり! えびチリソース(小パック)…178円
・瀬戸内海産 小いわしの天ぷら…136円
・こだわり揚げのきつねうどん(小タイプ)…213円
・牛シマ腸(牛ホルモン)…429円
・ワシントンビーフ(肩ロース)…1000円
・白ワイン(カルロ・ロッシ/オーストラリア産)
| カルロ・ロッシの白。帰宅してミニグラスに氷を入れて注ぎ、初めての一杯 |
人生も株価も、ヤマあればタニもあり
日経平均は24000円台を切っているが、こういうこともある。楽観でいく。
人生も楽観的ながら、それでも老後に向けてあれこれ(年金とか生活面とか)考えて少しずつ学んでいる途中ながら、すべてに意味がある…という心持ちは変わらない。
人生についてふと考えると、カミさんがいくつか誤解して、カミさんが(自分に対して)申し訳なく思ってるフシがいくつかあるので、書いておこう。例えば、社会人になって初任地の高松→松山へ転勤(家族で6年間過ごす)→東京転勤となり、東京時代は3年で終わって(不時着のように)初めて徳島で生活することになった。東京時代が3年で終わったのは、理由は二つ。もともと自分自身、東京転勤は少しも希望してなかったけど、一度は東京を経験しておけ…という上司の勧めもあったし、自分もそうした経験は必要かと考えたから。もはや今の時代じゃ珍しいだろうが、家族全員で東京に移り住んだ。
まだ続く
いまの時代なら、自分は東京へ単身赴任で行き、家族は6年間住み慣れた松山に残留するか、よきタイミングで高松の自宅に移るのもあったかもしれない。高松の自宅というのは、高松を転勤する事になる年に(カミさんの実家から電車で2駅ほど離れた所に)土地を買うと共に建てたもの。ただ、30年も前の時代、当時の年齢じゃ単身赴任というのは考えもつかなかったし、家族はよくぞ一緒に来てくれたと、感謝しかない。
東京生活が3年で終わった理由は、自分にある。新しい環境で、3年間のうちに疲労・疲弊していたこと。反面、いろんな仕事を経験できて幅が広がったことも確かで、この3年間で地方の6年間に匹敵する経験を積むことができた、と判断した。ならば、この経験・体験を四国に持ち帰って若手メンバーに継承しようと、そう考えた。
まだまだ続く
そして、3年ぶりの四国リターンは、なんと初めての土地・徳島への不時着。家族には相当、苦労をかけたと思う。そして普通なら、5〜6年過ごして次の新天地に移動するはずが、数年がかりの大きなイベントに遭遇して徳島に長く住まうことになり、その長い期間の中で自分の意識なり立場も変化した。
一番大きい変化は、職場の単なる中堅どころというポジションから、デスクという立場に変わったこと。若手を育てたい、よりよい職場環境を作りたい…という意欲がむくむくと湧いてきて、デスクトいう仕事に面白さを感じた。それをカミさんから見たなら、自分のしたい仕事をできなくなったように感じただろうけど、そうじゃない。自分のしたいことが以前とは別の道に移り、新しくやりたい事を十分に実現できた。だからこそ、カミさんや子供たちへの感謝の思いは、年々強くなる。ありがたかったよ、本当に。
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