2022.12.30(金)


祝・徳島市立図書館
年末4連休の最終日。午後に起きる。夕飯は、きのう中洲市場で買ってきた牛肉を使ってのスキヤキ。牛肉、焼豆腐、春菊、しらたき、しいたけ、長ねぎという定番の具材。

夕飯後、ネット関係をチェック。
図書館ホームページにアクセスし、1冊の本を検索。さいわい蔵書にあったので、速攻で予約しておいた。さて、この市立図書館。平成24(2012)年4月1日に、かつての青少年センターから現在のアミコビルに移転したらしい。以来、10年間で555万人達成というから年平均の利用者は55.5万人で、月平均なら約4.6万人になる。凄いぢゃないか。青少年センター建物内にあったままだと、たぶん今より利用者は少なかったはず。JR徳島駅前の商業施設に移転した事と運営システムを機能アップさせた事が、うまく作用した気がする。

例をあげると。
移転以前の図書館でもネット環境(検索・予約とか)はあったのかも知れないものの、たぶん記憶に残ってないほど貧弱だったように思うし、たしか毎日の会館時間も今より短かったり、たしか毎週休館日があったはず。それが今は朝9時から夜9時まで12時間の開館時間で、基本的に毎月1回の休館日になっているから、とても使いやすい。


本多静六『私の財産告白』
いつもの読書スタイル、複数の平行読み。
ハードボイルド物はいったん休み、図書館で借りた『私の財産告白』を読み始める。

本多氏いわく。
東京帝大の助教授となった時、生涯の生き方・人生設計をつぎのように定めたという。

四十までは、勤倹貯蓄
六十までは、勉学著述
七十までは、お礼奉公
さいわい七十以上生きられたら、
居を山紫水明の温泉郷に卜(ぼく)し、
晴耕雨読の生活をたのしむこと。

かつ、
毎日一頁以上の文章執筆と、
月給四分の一 天引き貯金の二つを始めた。

本多式「四分の一 貯金」とは。
通常収入(給与)は、四分の一は貯金する。
利子(株式配当ふくむ)も、四分の一は貯金する。
臨時収入(賞与)は、全額を貯金する。


自分の場合。
本多氏と違って「四十までは、勤倹貯蓄」は全くできなかった。ただ、わずかながら天引きで財形貯蓄はしてたし、第一の会社時代の後半に企業型個人年金が導入されたこともあって「五十代半ばまで、勤倹そして微々たる貯蓄」てな状況だったと思う。そのあとの「六十までは、勉学著述」というのは今の自分にも通じているし「七十までは、お礼奉公」というのも近い気がする。自分の場合は、厚生年金受給開始の65歳までは「お礼奉公」の意味合いを強く意識しながらも働く必要があるのやが、今月末で完全リタイアされた大先輩(70歳)までのように、会社が人材として欲してくれて契約更新されれば、65歳を過ぎても働く可能性がないわけではない。フルタイムの仕事でなく、パートタイム契約に移行しているはずなので、新規に働き口を探すより苦労はないとも思う。

アルバイトの産物
本多氏は「アルバイトの産物」も書いてある。
最近、大手の会社でも解禁・認可されつつある「副業」に通じるもので、本多氏は《本職にさしつかえない限り、否、本職のたしになり勉強になる事柄を選んで、本職以外のアルバイトにつとめることである》と述べている。そして貯金の次の段階として。本多氏は「貯金から投資へ」として《貯金とアルバイトで雪だるまの芯をつくる。その後、新しく積極的な利殖法として、投機でなく投資を考える》とも述べている。

自分式「四分の一 貯金」
自分の場合は「給与の四分の一」貯金ではない。
以前の会社を58歳で定年退職する前…57歳時点から給与削減は始まったし、58歳で退職・転籍した時点で第二の会社の給与は更に少なくなった。なので現状では月給の「四分の一」を貯金にまわす余力はない。

ただ60歳時点で、ちと状況が変わった。
以前の会社から、企業年金の支給開始が始まったから。本多式でいえば「臨時収入」(全額貯金すべきもの)に当たるのかもしれないが、それは困難。それでも、自分個人の毎月の生活費分を差し引けば、年間では企業年金分の「四分の一 貯金」は実現できつつある。またいまの会社の賞与(ボーナス)も、カミさん向けのボーナスやローン返済を除いた残りは1年前から「なかったもの」と考えてほぼ全額貯蓄・投資にしているので、結果的には本多氏の教えに近い形になっている気がする。


コメント

このブログの人気の投稿

すきな曲 MEMORY OF SMILE (山田康雄)

2020.12.13(日)

2023.5.4(木)