2018.12.26(水)
朝は小雨
日勤。部屋を出るとポツポツ雨。大きめのビニール傘をさして出勤する。帰省まであと5日、待ち遠しい。
昼は軽く、そしてゆとり確保
昼は、13時ちょいから休み時間。
さほどお腹がすいてないので、きつねうどんにする。食後、散歩を兼ねてM's coffeeに行き、アイスコーヒーのS。窓の外のくもり空の下での風景をながめながら、しばらく過ごす。忘れないうちにと、郵便局へゆうパック集荷依頼の電話。あさって28日の金曜日、イレギュラーの宿直明けを終えてからの10時半から12時半の間で、自宅宛の荷物(帰省用の衣類など)を集荷してもらうことにした。28日(金)に先送りの荷物を発送し、30日(日)の宿直明けで帰省。ちょうどいいタイミングだろう。
わたしのポリシー
日々の仕事や生活の中で、心がけていることがある。
①誰にも同じく丁寧に接する。
②愚直に、基本に忠実に、継続を大切に。
③ふりかえれば、ムダな事など何ひとつない。
これに、自分の願い・夢・使命として④をつけ足すなら、カミさんや子供たちを幸せにする事。まだまだ頼れる夫・父親にはなれていない気もするけど、身体に気をつけ元気でいること。それが家族への孝行だろうと思う。
新年は、カウントダウンと変化の年
年が明けたら、6月頃の定期異動を見すえようと思う。
6月の異動で徳島に(おそらく出向という形で)戻り、単身赴任解消の見込み。それまで半年間だからグーグルカレンダーにあれこれ書き込み、やるべきことを処理していく。そして徳島に戻ることができれば、次の段階は(たぶん)自宅のあちこちの整理か。これについては、カミさんがいろいろ考えてると思うし、「ひとりで片付けの無理しちゃあかんよ…」とカミさんに言ってきたから、ようやく夫婦そろっての態勢が整い、力仕事は自分が担当してカミさんに協力できる。老後に向けて「せまいながらも住みやすいわが家」に変革するべく、いろいろ作業がありそうだ。
しばたはつみ/「私の彼」を聴きながら
ブログを書きながら、iPod2号でアマゾン・ミュージック。
しばたはつみで検索して「私の彼」があったので、久しぶりに聴く。しばたさんを初めて聴いたというか、その楽曲の良さを教えてくれたのは、初任地・高松の職場で一緒に仕事をした5歳ぐらい上の先輩の車に乗った時のカーステレオ。その時点でのベスト・アルバム的な内容だったと思うけれど、どの曲も素敵だった。ウィキ・ペディアでみると、2010年3月に57歳で亡くなった、とある。しばたさんの素敵な曲たちを教えてくれたその先輩も、少し前に亡くなった。自分より5歳上としたなら、62歳。しばたさん共々、まだまだこれから…と思えてならない。いま、アマゾン・ミュージックからは「サイレント・トーク」が流れてきた。これも素敵な曲。しばたさんに限らず、再評価されていいアーティストは多いように思う。
老後のファッション
しばたさんをウィキ・ペディアで調べた際の、ついでの話。
いまもエッセイを読み返す池波正太郎さんが亡くなったのは、1990年(平成2年)の5月で、67歳。自分の10年後の歳、ということか。平成最後の年・今年が30年だから、28年前になる。当時の感覚で、67歳での逝去というのがどんなものだったか、わからない。いまの感覚でも「あまりに早かった」というのでなく「ちょっと早かったか」という感じが、自分はする。失礼な書き方だろうけれど、池波先生は間違いなくこっちが「見惚れる爺さん」だったと思う。ビシッとした服装でなくともいいけれど、格好(姿勢)や物腰・表情を含めて「見惚れる爺さん」になかなか出会わない。ハットやハンチングをかぶり、たまにステッキなどついて、臨機応変のファッションスタイルで見とれさせてくれる爺さんよ、どうか出でよ…。
日勤。部屋を出るとポツポツ雨。大きめのビニール傘をさして出勤する。帰省まであと5日、待ち遠しい。
昼は軽く、そしてゆとり確保
昼は、13時ちょいから休み時間。
さほどお腹がすいてないので、きつねうどんにする。食後、散歩を兼ねてM's coffeeに行き、アイスコーヒーのS。窓の外のくもり空の下での風景をながめながら、しばらく過ごす。忘れないうちにと、郵便局へゆうパック集荷依頼の電話。あさって28日の金曜日、イレギュラーの宿直明けを終えてからの10時半から12時半の間で、自宅宛の荷物(帰省用の衣類など)を集荷してもらうことにした。28日(金)に先送りの荷物を発送し、30日(日)の宿直明けで帰省。ちょうどいいタイミングだろう。
わたしのポリシー
日々の仕事や生活の中で、心がけていることがある。
①誰にも同じく丁寧に接する。
②愚直に、基本に忠実に、継続を大切に。
③ふりかえれば、ムダな事など何ひとつない。
これに、自分の願い・夢・使命として④をつけ足すなら、カミさんや子供たちを幸せにする事。まだまだ頼れる夫・父親にはなれていない気もするけど、身体に気をつけ元気でいること。それが家族への孝行だろうと思う。
新年は、カウントダウンと変化の年
年が明けたら、6月頃の定期異動を見すえようと思う。
6月の異動で徳島に(おそらく出向という形で)戻り、単身赴任解消の見込み。それまで半年間だからグーグルカレンダーにあれこれ書き込み、やるべきことを処理していく。そして徳島に戻ることができれば、次の段階は(たぶん)自宅のあちこちの整理か。これについては、カミさんがいろいろ考えてると思うし、「ひとりで片付けの無理しちゃあかんよ…」とカミさんに言ってきたから、ようやく夫婦そろっての態勢が整い、力仕事は自分が担当してカミさんに協力できる。老後に向けて「せまいながらも住みやすいわが家」に変革するべく、いろいろ作業がありそうだ。
しばたはつみ/「私の彼」を聴きながら
ブログを書きながら、iPod2号でアマゾン・ミュージック。
しばたはつみで検索して「私の彼」があったので、久しぶりに聴く。しばたさんを初めて聴いたというか、その楽曲の良さを教えてくれたのは、初任地・高松の職場で一緒に仕事をした5歳ぐらい上の先輩の車に乗った時のカーステレオ。その時点でのベスト・アルバム的な内容だったと思うけれど、どの曲も素敵だった。ウィキ・ペディアでみると、2010年3月に57歳で亡くなった、とある。しばたさんの素敵な曲たちを教えてくれたその先輩も、少し前に亡くなった。自分より5歳上としたなら、62歳。しばたさん共々、まだまだこれから…と思えてならない。いま、アマゾン・ミュージックからは「サイレント・トーク」が流れてきた。これも素敵な曲。しばたさんに限らず、再評価されていいアーティストは多いように思う。
老後のファッション
しばたさんをウィキ・ペディアで調べた際の、ついでの話。
いまもエッセイを読み返す池波正太郎さんが亡くなったのは、1990年(平成2年)の5月で、67歳。自分の10年後の歳、ということか。平成最後の年・今年が30年だから、28年前になる。当時の感覚で、67歳での逝去というのがどんなものだったか、わからない。いまの感覚でも「あまりに早かった」というのでなく「ちょっと早かったか」という感じが、自分はする。失礼な書き方だろうけれど、池波先生は間違いなくこっちが「見惚れる爺さん」だったと思う。ビシッとした服装でなくともいいけれど、格好(姿勢)や物腰・表情を含めて「見惚れる爺さん」になかなか出会わない。ハットやハンチングをかぶり、たまにステッキなどついて、臨機応変のファッションスタイルで見とれさせてくれる爺さんよ、どうか出でよ…。
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