2021.7.26(月)
はじめての東京五輪
宿直明けの未明。
いつもは日曜が宿直明けの朝なので、決まり事としてすべき作業はそうないが、きょうは月曜で週のはじまりの朝なので、やるべき事柄はいつもより多い。本日は特に、日中の時間帯が業務的に繁忙気味なので、引き継ぎ用の日誌に書いた内容をあれこれ確認しつつ修正や追加を行い、再度確認しておく。
さて、57年ぶりの東京五輪。
前回は1964(昭和39)年で、当時3歳だった自分にはまったく記憶はない。なので、今回がはじめての東京五輪という感覚。きのう一緒に仕事をしていた4つ上の先輩になると、当時は7歳やったのでしっかりと東京五輪の記憶(ウエイトリフティングの三宅さんとか)があるらしい。先輩はコロナ禍の状況をふまえてなのか、東京五輪には反対やけど競技の応援はするよ…と言っていた。
そういう考え・判断・姿勢もあるやろなと思うし、それぞれあって良い。東京五輪とコロナ禍について述べる時、片方に「コロナから人々を守るためにも五輪開催反対」てな声があれば、もう一方で「コロナ禍で傷ついた人々を救うためにも五輪開催賛成」てな声もあるとバランスをとっていれば、既存のマスコミもそう大きく(ダブスタとか)叩かれずに済んだような気もしている。ただ、コロナ禍→五輪ときて(現時点)、これから甲子園大会→東京パラと続いていく中で、どんどん既存メディアへの批判は増していくのやろうな。
松屋ずき
日勤メンバーが出勤、ほっと安心する。
朝の休憩時間になったので、外へ出た。昨日も行ったというのにまたまた松屋へ行き、先日と同じく、朝メニューの中の「ふあとろ玉子のあんかけごはん」390円にする。ちょっと離れた席では、老婦人がひとりで朝メニューの定食をめしあがっていた。駅前あたりで和食系の朝ごはんを食べるならここになるし、値段が400円近辺なのでやっぱり手頃なのやろう。洋食(モーニング)がいいなら「ヴィド・フランス」なり喫茶店で、和食なら松屋と、そんな住み分けが自然とできている感じ。
メニューといえば。
ちょっと前に食べたポークステーキ丼が姿を消してしまい、和風醤油味のタイプが食べられなかったのがちと残念。きょうは「ふあとろ玉子のあんかけごはん」をゆっくりめに口にして、いつもより5分ぐらい余分に時間をかけて完食。店を出たあと、いつものように駅前ターミナルの喫煙コーナーで一服する。先日、カミさんとの雑談にも出たきた話やけど、街中なり散歩の途中に聞こえるセミの鳴き声の種類が、ちょっと前までとは違った感じがする。短いひとときを終えた疲れもあるのやろか、うちの集合住宅の階段とかでも、腹を見せてじっとしているセミの姿を、屋外通路や階段で目にすることがある。歳月(寿命)の長さの違いはあるものの、あっちもこっちも地球の歴史から見たら短い人生。「来年もまた鳴いてな、待っとるで…」と、木々に止まって鳴いてるセミに挨拶した。
熟睡してから五輪ざんまい
仕事を終えて帰宅。
リビングに入ると、テレビでは五輪中継の競技が映っている。カミさんもスポーツ観戦好きやから、あれこれ見てたのやろう。どこかのチャンネルでやっていた、マウンテンバイクの競技中継をしばらく眺めた。どこでやってるのやろう…と思っていたら、実況コメントの中で「伊豆」とかいうのが出てきた。この屋外の競技場というかフィールドは有観客らしく、走行ルート沿いに多くの観客の姿があって、新鮮かつ「やっばりええなぁ」という印象。しばらく観てから布団に寝そべり、やがて眠ったらしい。
何度か目を覚ますものの、睡眠を継続。
夜の7時半ぐらいにようやく起き出した。テレビ中継なりネット情報によると、今日もまたメダルラッシュの様相。スケボー女子ストリートでは、13歳の西矢さんが史上最年少で金メダル。柔道の女子57kgでは芳田司さんが銅メダルで、男子73kg級では大野将平選手が金メダルと五輪2連覇。卓球の混合ダブルスの水谷・伊藤ペアも金メダルに輝いた。体操の男子団体は惜しくも銀メダルやったものの、ホントにようやったよ。文句なんかまったくあらへんし、メダルラッシュはただただ喜ばしい限り。
職人気質
働き方改革もあり、仕事のやり方も変わった。
いま自分が働いているのは、2年前に定年退職した「第1の会社」の関連会社というかグループ会社で、この「第2の会社」は第1の会社でいう実務・現場部分の仕事をしている。で、世の中いろいろ変わって、働き方改革というのも言われるようになってきたから、会社の業務の実務・現場部分はほぼ自分がいま働いている「第2の会社」に移り、逆に「第1の会社」は人材育成メインにシフトした。
その人材育成の現状は、パッと見には短期での促成栽培のように見えるものの、メイン業務は別会社(第2の会社)に任せているから、つまりは「時間をたっぷりかけた促成栽培」のように見える。そんな中、第2の会社で第2の人生を歩む自分はどうなのやろう…と振り返ると、あいかわらず「職人気質」で日々の仕事をやっているものの、それでいいような気もしている。実は、自分が毎月もらう給金の中には「月にこれぐらいの残業分を見込んでます」てなプラス部分も入っているのやけど、残業なんてまったくしない。その代わりというと妙やが、勤務時間内の中でそんだけ濃密な仕事をして職場全体に貢献してますよ…てな自負を有するだけの仕事をし、自分としてはそれでチャラにしている。
職人なり職人気質っていうのは、古い自分には合ってるのやろう。カミさんが作ってくれた手弁当を持って仕事に行く…てな感じもそれにふさわしいし、気分としてもそのまんま。ただ、気分としては職人気質やのに、経験としてデスク業務(職人とか奉公人を振り分ける江戸時代の人足商人)てな部分も経験しているだけに、トータルとして物事を見る感覚なり感性は今でもあると思う。もっとも、こういうのは「自分と相手との認識の違い」でどんな差が生じるかはわからんから、うまく言えんし書きようもないけれど、結局のところ職人気質っていうのがいい方向に向かうと「フリーランス」という形になり、たぶん「残ってほしい人」とか「居てほしい人」につながるような、そんな気はする。





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