2018.7.4(水)

台風の影響も過ぎて
今朝は、8時半出勤の勤務。外へ出ると雨はなく、快適な気温。
午前中は、職場でのスタンバイ要員のような形で、部屋の一角で業務メールのチェック。休日を2日はさむと、だいたい70〜80通のメールが溜まるので、テキパキと確認。今月中が締め切りの報告モノが、新たに2件ほどあった。締切日を確認して、グループウェアのスケジュール表にインプットしていく。

 
昼はあまり空腹感がないので、出勤前にコンビニで買ってあったシャケおにぎり一個。
本にも書いてあったけど、空腹感があるぐらいがいい…と思う。

まもなく、また異動シーズン
5月下旬の内示・6月初旬の異動は、いわば上の人たちの転勤時期。
そして、今月の中旬に内示・下旬にも異動があって、一般職の人たちの転勤時期。これが終わればやっと、これから1年の職場メンバーが揃うことになる。今年もうちのグループには新人くんが一人入ったから、まず一人は転出。たぶん、松山のうちのグループが初任地の4年生あたりの若手メンバーだろう。それにプラスアルファがどれほどあるかはわからないけれど、異動のシーズンに入るとまた少し慌ただしい。


ありがとう、キャプテン長谷部
職場にあるテレビでだったか、サッカー日本代表の長谷部選手の代表引退のニュース。
キャプテン、これまで本当にありがとう。ご苦労様でした。感謝感謝。敗れはしたけれど、世界は日本代表を認めてくれている。



年々、歳をとると涙もろくなって来たのか、上のベージに書かれた海外の反応の声を読んでいく内、ふいに涙が溢れてきた。そういえば亡くなったおばあちゃんも生前、テレビのドラマだか時代劇を観ている内に、ときどき何やらうなづきながら・少し口元を開き加減にしながら・目に涙を浮かべてたときがあったな。そんなおばあちゃんの顔を見てたらば、何を見よんな…と、照れ笑いしながら軽く叱られた記憶がある。

人前で涙を流す・見せる…ことの云々は別として、自分一人の際なら時として思いっきり涙を流すのはいいように感じる。住宅事情もあるだろうから大声出して泣けないにせよ、我慢しての嗚咽でもいい、自分の体の中から溢れてくる「涙」というのを無理に我慢せず、自然に流れるままに任せる時間がある方が、ストレス解消にもなるんやないかな。「さらば涙と言おう」とか「涙くん、さよなら」てな昭和の曲もあったけど、さよならはしなくていい。悲しいばかりの涙じゃないし、嬉しい涙もある。いい付き合いをしたいな。

自分の時間
19時前に仕事を終えて帰宅。
部屋に帰って仕事用の荷物を置き、図書館の本を入れてあった布製手さげ袋を片手に図書館へ行って、返却してから7冊借りる。


戦争の記憶
カミさんの両親は、先の戦争を経験している。
お父さんはすでに亡くなってしまったけど、お母さんは健在だ。一方、自分の両親は父母とも早くに亡くなったけれど、ふと、なぜか唐突に「おやじとおふくろは、何年生まれだったんだ?」という部分を全く知らないこと、調べなかったことに気がついた。自分がわかっているのは、①おやじとおふくろは同い年、②おやじは自分が6歳の時、36歳で亡くなった、③おふくろは自分が12歳になるひと月前、42歳で亡くなった、という事実。つまり、自分が生まれた昭和36年の時点で、うちの両親(同い年)は30歳。ならば、両親とも昭和6年頃の生まれになる。西暦ならば1931年。大東亜戦争ならびに太平洋戦争のおよそ10年前に、両親が生まれたことになる。

当時、10歳の両親はそれぞれどこに住んで暮らして、どう過ごしてたんだろう。
もしもまだ両親とも健在だったなら、いま87歳か。まだ健在であってくれれば、戦争の話はともかく、夫婦になったなれそめ(特におやじは婿養子になったから)も聞いて見たかった。そして何より、おばあちゃんにだけは見せることができたけど、カミさんや二人の子供たちの姿を見せてあげたかった。


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