2018.7.5(木)
あちこち大雨
10時出勤の仕事。天気はチョボチョボ雨。
松山はさほどでもないが、大雨の地域もそこそこらしい。土砂災害のないことを祈る。
日本代表、帰国
職場のテレビで、サッカー日本代表の帰国を知る。
ありがとう、西野監督。ベスト8は次へのお楽しみになったけど、素晴らしい戦いだった。次のワールドカップの時、自分は61歳。まだまだ若い。カミさんと二人して、ベスト8を楽しみにする。
うどんは細め派かも
高松日帰り(自分ちのお墓掃除)の際、うどんの「さか枝」に立ち寄った事を書いた。
いまの自分にしてみると、たぶん「さか枝」だけでなく「めん太」も「はなまる」も「丸亀製麺」とかも、すべて「うどんが太い!!」と感じるだろう。昔ならそれでよかったし好きだったし、ズルズルすすりながらその太さを堪能できた。
ただ、高松を離れて30年の間に、自分も変わったんだろう。
30年前に初めての転勤で松山で暮らしてた時、週に1・2回は通ったのが、花園町に当時あった「正介うどん」というお店。ここはセルフの店だったけど、うどん玉の単位がちょっと変わってて、いわば「わんこうどん」みたいな感じ。どういう感じかと言うと、普通ならうどん丼に1玉が入れてあったり、お客さんが「大」とか頼むとそれが2玉になったりする。一方、この「正介うどん」は、味噌汁椀のような小さなお椀にそう太くない玉が(たぶん)半玉か1/3玉ぐらい入ってる。で、客は自分の食べたい分が入るぐらいの普通あるいは大きめの丼鉢を片手に取り、この半玉ぐらいずつのお椀をポンポンと丼鉢に入れ、そして自分でうどん玉をゆがき、最後に何かトッピングを乗せてタンクに入ってる熱いダシをかけて清算…てな具合。1つのお椀が半玉ぐらいなので、確かお椀で5〜6杯ぐらいまでは料金一定だった記憶がある。そんなに食欲ないなーてな時は、お椀3つぐらいの麺にしてトッピングでワカメとじゃこ天を選び、それで十分満足できた。ちなみに、ネギ・ショウガは「お好きなだけ」だったと思う。とても好きなうどん屋さんだったけど、いつしかなくなってしまった。
やがて松山を出て、東京や徳島そしてまたふたたび・みたび松山…となる。
この間、東京ではうどんを食べた記憶がない。この間のうどんといえば、カミさんの実家に帰省した時にお母さんが作ってくれるシンプルなうどん。うどん玉は近くのスーパーで買ったものながら、いりこを使ったダシにうどん玉、そしてかまぼことネギ細切りというシンプルさが、ものすごくうまかった。これは初めての松山時代からの帰省時の楽しみだったけれど、家族で帰省するとなるといつもうどんの用意をしてくれていて、帰り着くなり「やっぱ、うどん!!」と、家族みんなしてお母さんにお願いしてたっけ。
続き/そばやラーメンの細さにならされたのか?
わずかな東京生活の後、それまで何の縁もなかった徳島に転勤。
職場から徒歩15分くらいのところに美味しいと評判のうどん屋さんがあり、自分も同僚と連れだってそこそこ行ったものの、この頃の自分はさほどうどんに食指が働かなかった。久しぶりにうどんをまた食べ始めたのは、職場が徳島駅前に近いところに変わり、駅前なり市役所近くにある「やま」を利用するようになってからだろう。とはいえ、うどんの頻度はそう高くない。当時はうどんより、麺王・萬里・来来・まるわ食堂…といった店のラーメンなり中華そばを堪能してたから、うどんはその次だった。
そして、歳を重ねた現在。
自分が食べたいうどん、食べられるうどんは…そう太くないタイプ。つややかでモチモチ・プリプリしてて、麺はそう多くなくていい。これを「かけ」にして、あとはその日の気の向くままに「ちくわ天」なり「いか天」あたり。ネギをホイホイ、しょうがをスプーンに軽く乗せてポンッ!!で、もう十分。そげなうどん、どこか近くにないものか。
10時出勤の仕事。天気はチョボチョボ雨。
松山はさほどでもないが、大雨の地域もそこそこらしい。土砂災害のないことを祈る。
日本代表、帰国
職場のテレビで、サッカー日本代表の帰国を知る。
ありがとう、西野監督。ベスト8は次へのお楽しみになったけど、素晴らしい戦いだった。次のワールドカップの時、自分は61歳。まだまだ若い。カミさんと二人して、ベスト8を楽しみにする。
うどんは細め派かも
高松日帰り(自分ちのお墓掃除)の際、うどんの「さか枝」に立ち寄った事を書いた。
いまの自分にしてみると、たぶん「さか枝」だけでなく「めん太」も「はなまる」も「丸亀製麺」とかも、すべて「うどんが太い!!」と感じるだろう。昔ならそれでよかったし好きだったし、ズルズルすすりながらその太さを堪能できた。
ただ、高松を離れて30年の間に、自分も変わったんだろう。
30年前に初めての転勤で松山で暮らしてた時、週に1・2回は通ったのが、花園町に当時あった「正介うどん」というお店。ここはセルフの店だったけど、うどん玉の単位がちょっと変わってて、いわば「わんこうどん」みたいな感じ。どういう感じかと言うと、普通ならうどん丼に1玉が入れてあったり、お客さんが「大」とか頼むとそれが2玉になったりする。一方、この「正介うどん」は、味噌汁椀のような小さなお椀にそう太くない玉が(たぶん)半玉か1/3玉ぐらい入ってる。で、客は自分の食べたい分が入るぐらいの普通あるいは大きめの丼鉢を片手に取り、この半玉ぐらいずつのお椀をポンポンと丼鉢に入れ、そして自分でうどん玉をゆがき、最後に何かトッピングを乗せてタンクに入ってる熱いダシをかけて清算…てな具合。1つのお椀が半玉ぐらいなので、確かお椀で5〜6杯ぐらいまでは料金一定だった記憶がある。そんなに食欲ないなーてな時は、お椀3つぐらいの麺にしてトッピングでワカメとじゃこ天を選び、それで十分満足できた。ちなみに、ネギ・ショウガは「お好きなだけ」だったと思う。とても好きなうどん屋さんだったけど、いつしかなくなってしまった。
やがて松山を出て、東京や徳島そしてまたふたたび・みたび松山…となる。
この間、東京ではうどんを食べた記憶がない。この間のうどんといえば、カミさんの実家に帰省した時にお母さんが作ってくれるシンプルなうどん。うどん玉は近くのスーパーで買ったものながら、いりこを使ったダシにうどん玉、そしてかまぼことネギ細切りというシンプルさが、ものすごくうまかった。これは初めての松山時代からの帰省時の楽しみだったけれど、家族で帰省するとなるといつもうどんの用意をしてくれていて、帰り着くなり「やっぱ、うどん!!」と、家族みんなしてお母さんにお願いしてたっけ。
続き/そばやラーメンの細さにならされたのか?
わずかな東京生活の後、それまで何の縁もなかった徳島に転勤。
職場から徒歩15分くらいのところに美味しいと評判のうどん屋さんがあり、自分も同僚と連れだってそこそこ行ったものの、この頃の自分はさほどうどんに食指が働かなかった。久しぶりにうどんをまた食べ始めたのは、職場が徳島駅前に近いところに変わり、駅前なり市役所近くにある「やま」を利用するようになってからだろう。とはいえ、うどんの頻度はそう高くない。当時はうどんより、麺王・萬里・来来・まるわ食堂…といった店のラーメンなり中華そばを堪能してたから、うどんはその次だった。
そして、歳を重ねた現在。
自分が食べたいうどん、食べられるうどんは…そう太くないタイプ。つややかでモチモチ・プリプリしてて、麺はそう多くなくていい。これを「かけ」にして、あとはその日の気の向くままに「ちくわ天」なり「いか天」あたり。ネギをホイホイ、しょうがをスプーンに軽く乗せてポンッ!!で、もう十分。そげなうどん、どこか近くにないものか。
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