2022.5.18(水)


明日から3連休
朝5時半、自然と目がさめた。
ベランダに出て朝日をおがみ、わずかの間イス代わりにしている古いクーラーボックスに腰をおろしてボーっとした。きょうは7時からの仕事なので早く終わるし、明日からは3連休が待っている。カミさんも起き出してきて、冷たい麦茶を水筒に入れてくれた。今朝は燃えないゴミの日で、カミさんに渡された小さなポリ袋のほかに、もっと小さな透明袋に入れた「ガスを抜き終えた使い捨てライター4個」を所定の場所にゴミ出ししてから出社。

水曜は割引デー
仕事を開始して、ちょっと午後のことを思案。
きょうは水曜なので、カミさんは昼から午後までボウリング練習に行くはず。とすると、何か総菜物とか買っておいて楽にしてあげた方がええなーと思い、昼休みに中洲市場まで行って買い物をすることに決めた。

12時半から休憩時間。
いつものジュート製の手提げを持ち、10分ほど歩いて中洲市場に到着。寿司パックはまだ数種類あったものの、惣菜物はかなり売れ切れて種類が少なかったので、とり天のパック・にぎり寿司のパック・鉄火巻のパックを1つずつチョイス。レジで値段をつげられて、そうかー水曜日は割引デーやったなぁと思い出し、レシートを見た。どのパックも半額で、正規なら960円のところが税抜き480円。税込み518円で買えたので、ちょっと嬉しい。


アウトドアでランチ&読書
中洲市場を出て、違うルートを選択。
ここからちょっと新町川沿いに歩き、新町川公園こども広場の手前にあるベンチに座る。

ここは前にも、中洲市場でにぎり寿司パックを買って食べた場所。木立ちが直射日光を遮ってくれるので暑くなく、とてもいい。朝、出勤途中にコンビニで買っておいた「ハムサンド」を午前中に半分食べていたのでそうお腹は空いておらず、同じく買っておいた「ねぎとろ巻」1つだけ手提げに入れて持ってきた。


食べながら『赤い右手』の続きを読む。
ミステリー・推理小説・探偵小説・ハードボイルドとかも、最初はじっくり読んでいきつつ、勢いがついたら自然と読むスピードが早まるもののように思うのやが、どうも歳をとるとせっかちな読み方になったのかな、この本との相性はあまりよくない。それでも残り数ページとなったところで、ベンチから腰を上げて職場にもどることにした。


ちょうど切れかけていたので
午後の3時半、終業時刻となった。
会社を出て徳島駅ビルのクレメントプラザに入り、来月3日まで有効のマツキヨの10%割引券を使って、ちょうどなくなりかけていた顆粒タイプのサクロン(20袋入り)を買う。かつては胃腸薬なんて飲んだことはなく、小さい頃から中学校あたりまでは(特にバス旅行がとても苦手で)「酔い止め」だけは飲んでた記憶があるけれど、ちょっと前あたりから食後に胃がもたれたりスッキリしない時にこいつを飲んでみたら、またたく間にスッキリした。そもそものきっかけは、家にあった(つまりカミさんが用意してくれてた)胃腸薬のたぐいがこれで、自分には合ってる気がしたのでこの顆粒タイプを買って常時携帯しているバッグの中にも2袋ぐらい入れてあるし、前にはカミさんから錠剤タイプも頼まれたのでそれは家にもある。

そういえば。
池波正太郎さんの食に待つわるエッセイの中でも、たまに《食後に胃薬(というか消化剤だったか)を飲んでおく》みたいな記述があった。歳をとると胃腸の働きに「おや!?」と感じてしまう時が増えるような気もするし、ゆうべやったろうか…家で夕飯のおかずの冷凍ギョウザを口にした際にはカミさんが「ちょっと油っぽいわね」とか言うてたから、そういう感じは増えてくるのやろうな。子供の頃なら「赤チン」「正露丸」「メンソレータム」「キンカン」があればなんとかなり、その後は一時期「マキロン」も加わったりしたが、歳をとるとこの「サクロン」や「サロンパス」あるいは「フェイタス」あたりになってくる。


余談。
中学生ぐらいまでは、ホントに車酔い(特にバス)がひどかった。というても通学にバスを使うわけでなし、裕福な家庭じゃなかったからタクシーに乗ることもなく、もっぱら車酔いに遭遇するのは「遠足」と「修学旅行」になる。前者なら日帰りですむが、後者は小学校なら2泊3日ぐらいで中学校ならさらに日数が増えるから、バス移動中はほとんど車酔いしていた。それが治癒したのがいつかと言うと、社会人になってしばらくして初めて中古の自動車(たしかホンダのN360だったか)を買い、日常的に車の車内の空気とか感じに慣れてからのこと。

で、もうひとつ書けば。
車酔いというやつも「嘔吐」「吐き気」を催すものやけど、今はどうか知らんがあの頃の香川・高松育ちの自分たち世代は《吐きそうになる物》《胃からせり上がってくる物》のことを方言で《ギョウ》って呼んでたのを思い出した。カミさんもそうした記憶はあって「ギョウがでるーとか・ギョウがでそうとか、よく言うてたわ」と、昔話に花が咲いた。ただ不思議なのは、転勤族だったわが家の場合、子供たちが生まれてある程度すると《ゲボ》いう呼称に落ち着いた。どこで暮らしてた時期にその呼び名になったのか、それは家族の記憶に頼るしかないのやけど、方言っていうのはまことに面白くていいなと思うし、いまでも高松あたりで《ギョウがでる!!》とか喋る子がいたなら、微笑んでしまうやろうなぁ。

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