2022.10.3(月)
父の命日
昭和42(1967)年、10月3日逝去。享年37。
父と子としてはわずか6年の歳月やから、記憶・思い出がほとんどないのも仕方なかろう。これから6年後には母が42歳で亡くなり、自分が12歳・弟が8歳のその時点で、両親とも彼方へ去ってしまった。その後、自分も弟も社会人となって仕事を得て、伴侶や子供にも恵まれてそれなりに幸せな家庭を築けている。ふたりとも、どこかで見てくれているやろう。
優勝から一夜あけて
ゆうべのオリックス優勝は凄かった。
思わず、かつての長嶋巨人の時の「メイク・ミラクル」「メイク・ドラマ」てなフレーズを思い出してしもた。主軸打者で徳島出身の杉本選手が去年並みに活躍していたら、もっと楽に優勝できてたのかもしれん。
ウォーターサーバー
職場がある階の片隅に、ウォーターサーバーが設置された。
これまで全然なかったのが不思議ながら、マイボトルを持参する人も多いし、それで足りなくなれば自販機で好みの飲料を買っていたやろうから、設置に踏み切れなかったのかも知れないものの、設置されたらそれなりにありがたい。マイボトルなり自販機で買って飲んだペットボトルが空けばそれに補充することで、さらに余計な出費は防げる。
立場が人を作る・変える
ちょっと前の定期異動期に、職場の体制が一部変わった。
デスク役をしていた中堅メンバーのひとりはデスク役から離れて現場のいち要員となり、今後はどんな働き方・働きぶりになるのか…と静かに注目していたけれど、以前にも増してマイペースの世界に没入してしまうと共に、自己学習・自己研鑽のような気配も見えてこない。デスク役をしていた(せざるをえなかった)頃は、それなりのプレッシャーやら周囲の眼が感じられたやろうから、彼自身の仕事ぶりにも影響していたはず。それから解放されたことで、一時的にいまのんびりくつろいでいるのなら良しとしても、ずっとそのままで通じる時代でもないような気がして、ちょっと危惧している。ある時あるタイミングで、自分が思いがけず何らかの立場になる時期があるとしたら、それは自分の中のある部分が変革するきっかけにもなると同時に、ある種の努力なり研鑽が必要になることも少なくない。そうした変化・経験というのを、その後の生き方・考え方に多少なりとも反映して行けばいいように思うし、つまりはそれが「その人の人間としての幅を広げる」「人として引き出しを多く持てるようになる」のやないかなと、そんな感じがしている。
令和の三冠王
日勤の仕事を終えて、帰宅。
今夜の夕飯は鯵の干物、里芋・人参の煮物、きゅうり・わかめ・カニカマの酢の物など。
食事を終えてから。
読書をしていると、iPad-miniを眺めていたカミさんが「村上君が56号打ったらしいよ!」と教えてくれた。そろそろ時刻は夜9時になりかけていたので、この時間なら「ニュースウォッチ9」かな…とチャンネルを変えてみる。案の定、番組が始まるなりトップ画面として、村上君のホームランのシーンが流れてきた。ホーム神宮球場での最終戦、それも第4打席に(日本人打者としては新記録の)56号を放ったのやから、これは凄い。おまけに史上最年少の三冠王も獲得した。日本シリーズでの活躍も見てみたいし、ちょっと早い期待ながら来年はさらに60号の大台を達成してほしい気がしている。


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