2018.11.20(火)
休日
午後まで、のんびりと過ごす。
夕方4時すぎ、散歩がてら図書館へ。お供のカメラは、完全回復したLUMIX1号。
見かけなくなったもの
図書館から戻り、寝ころんで読書に没頭。
ときおり、本をわきに置いてあれこれ思考する。ふと浮かんだのが「見かけなくなったもの」のあれこれ。思いつくのは、バキュームカー、中華そばの屋台&屋台カー、酒屋などか。
昔は街中でも、バキュームカーは日常的に目にしたし、なかなか汲み取り車が来ないとヒヤヒヤした記憶がある。中華そばの屋台の思い出では、高松市の丸亀街アーケードの中に夜になると屋台が出て、寒い冬の夜のラーメンは格別おいしかったし、最初の松山生活の頃はこれも夜になると中華そばの屋台カーから流れてくる音をよく耳にした。酒屋さんについては、後継者のいる・いない、飲食店などへ納入しているかどうかなどが、存続・閉店の分かれ道だったりするだろうか。中には、コンビニに変わった店もあるだろう。コンビニに行けば酒類もおつまみも買えるから、便利ながら商売では難しい時代だ。
コンビニで買い物
とっぷり日が暮れた頃、ローソンへ。
豚汁パック、細巻きパック(おしんこ、ネギトロ、きゅうり)、ゆで玉子、ちくわパック、ゴミ出しの透明ポリ袋(45ℓ)など購入。買い忘れたものの、ローソンにも(セブンイレブンよりは小ぶりの)茶碗蒸しも置いてあり、ほどよい分量で100円だったから、次回は忘れずに買わないと。
また、フジやセブンイレブンのようにカットタイプのパイナップルは置いてないものの、ふと缶詰めコーナーを眺めていたら、これがあった。輪切りの4枚入りで、120円。これで十分ですよ。このタイプは他に、みかん缶、パイン+白桃の缶があった。朝に1枚食べるもよし、夜に小型フライパンでベーコンとあわせて軽く焼いてみてもいい。ちなみに缶の裏側の表示シールをながめると、原産国はフィリピン、輸入者が伊藤忠商事、販売者がDole(ドール)ですか。ささやかながら、フィリピン発展の一助として、また買いまする。
ブログ更新のBGMは、高中正義さん
書きながら、iPadでYouTubeの「Saudade」を流して聴く。
ずっと昔、マツダの車のコマーシャルで流れていた記憶がある。好きな曲だ。いまも変わらず、YAMAHAのギター(SGシリーズだったか)を弾いている。iPadを、ホームボタンが左側にくるようにして音楽を聴いていると、その左側に内臓スピーカーがあるので画面の左側にサウンドが寄ってしまうけれど、左手でiPadを持ってこのスピーカー部からの出音を少し変えてやると、画面中央から聞こえるように変化する。また、これにより、スピーカーから流れる出音は低・中音のないスカスカ気味だったのが、いい感じに低・中音が出てくる感じがして、心地よい。
でも「虹伝説」の「You Can Never Come To This Place」は、やはり当時のライブに限る。アルバムに合わせたメイク、コスチューム、ギター、そして演奏。 あの当時、音響メーカーのパイオニアのCMでも、演奏する映像・音声が使われていた記憶がある。ギター本体の鮮やかさだけでなく、その本体の中の4つのツマミのカラーも素敵だ。
そして、あまりに唐突すぎるし、失礼だろうと思うものの、高中さんの姿を見てて「歌をうたわず、ギターに専念するバタやん(田端義夫)」というフレーズが浮かんだ。田端義夫さんのギター、もしもどこか復刻してくれたらば、買うことを検討するだろう。
追伸。高中さんの曲では「渚モデラート」も大好きだ。
好みの変化
前にも「昔は苦手だったけど好きになったもの」を記した。
いまの松山暮らしの時代だと、スーパーやコンビニで時折、茶碗蒸しを買ってしまう。昔はなんだか中高年の人が好きなイメージがあったように思うし、いざ出てきてもほとんど手をつけなかった記憶がある。自分が中高年になったから…てな変化やろうか。
それから最近では。夏場のカットスイカに始まり、カット物のフルーツもしばしば買う。スイカのシーズンが終わったあと、パイナップルを買うようになったのは、前々回あたりに帰省した際にカミさんに「買っておいてね」と頼まれ、セブンイレブンで買ったのが大きいと思う。先日は同店で、カットりんご(商品名は皮むきりんごだったかな)も買った。今度買ってみようと思うのは、前述したDoleの「パイン+白桃の缶」。
実は、桃も昔から苦手。亡くなった父親の生家に行く機会があった頃、父の生家は桃をそこそこ栽培してたから帰り際にはたくさんもらったものの、食べた記憶がない。そろそろ自分の中で、桃に対する感覚も変わってきたのかもしれんなあ。
好みの変化/続き
一方で、食わず嫌いのように続く果物もある。
これまでは桃も入ってたけど、柿、いちじく…あたり。ただ、これらも今後どう変わるかわからない。徐々にか、またはある日突然、変わる可能性はある。
好みの無変化
食わず嫌い的なものを、果実以外に料理で考える。
まずは、鯖(サバ)。焼いた切り身や、しめさば(昔はダメだった)は問題ないけど、味噌煮込みは依然として食べない。かつて食べた記憶はあるから食わず嫌いじゃないものの、これもいつの日か、変わる可能性はある。
変わる可能性がほぼ皆無な料理の一つは、酢豚か。
たしかこれは、カミさんもそうだったように思う。豚肉の代わりに鶏肉(ムネ肉あたりか)を用い、マクドナルドのチキンナゲットぐらいの厚みでの「酢鶏」ならいけるが、酢豚はたぶん夫婦共通した「あまり好きでないもの」だと思う。実際、結婚してかれこれ33年になるけれど、自分なりカミさんが酢豚を作って食卓に出た…という記憶がないし、家族揃って中華料理系のファミリーレストラン系に行っても、頼んだ記憶がない。
いま、こんなことを書きながら、ふと思った。酢豚を味わったことのない家庭環境に育った二人の子供たち(娘たち)は、親元を離れてから酢豚を食べたのかどうか。今も(頻度は別にして)食べるのかどうか。今度会った時に、ぜひ聞いてみたい。
Snap-martに写真をアップする意味
本来は、自分の撮った写真を売る場なんだろう。
けれど自分は、散歩の途中に自分なりカミさんが撮った日常のありふれた写真をアップする、一種の「自分の写真集」と思ってる。アマチュアカメラマンが写真集を出すなど無理だけれど、日々暮らす中で少しずつ撮ったものをアップして、それに対していろんな方々が💗マークをつけてくださった…という、その反応が嬉しい。
写真の撮り方は、人それぞれ。そのタイミングに出会えるかどうかも、これまた同様。言葉や理屈・理論など不要で、自分の写真を見てくださった人が「これ、いいと思う」「なんか落ち着くね」と感じてくだされば、それでいい。ある時の一瞬が、永遠のひとときになりうる。手元でスマホばかり見ていると、本当は感じるはずの四季折々の変化、夜空の月の変化、街中でも見聞・体感できるはずのあれこれに、触れることは大切。文明の利器を活用しながらも、日々おのれと対峙して向き合って思索し、自分にとって大切な人たちの笑顔をこれからもずっと見られるよう、努力しなければならない。
午後まで、のんびりと過ごす。
夕方4時すぎ、散歩がてら図書館へ。お供のカメラは、完全回復したLUMIX1号。
図書館から戻り、寝ころんで読書に没頭。
ときおり、本をわきに置いてあれこれ思考する。ふと浮かんだのが「見かけなくなったもの」のあれこれ。思いつくのは、バキュームカー、中華そばの屋台&屋台カー、酒屋などか。
昔は街中でも、バキュームカーは日常的に目にしたし、なかなか汲み取り車が来ないとヒヤヒヤした記憶がある。中華そばの屋台の思い出では、高松市の丸亀街アーケードの中に夜になると屋台が出て、寒い冬の夜のラーメンは格別おいしかったし、最初の松山生活の頃はこれも夜になると中華そばの屋台カーから流れてくる音をよく耳にした。酒屋さんについては、後継者のいる・いない、飲食店などへ納入しているかどうかなどが、存続・閉店の分かれ道だったりするだろうか。中には、コンビニに変わった店もあるだろう。コンビニに行けば酒類もおつまみも買えるから、便利ながら商売では難しい時代だ。
コンビニで買い物
とっぷり日が暮れた頃、ローソンへ。
豚汁パック、細巻きパック(おしんこ、ネギトロ、きゅうり)、ゆで玉子、ちくわパック、ゴミ出しの透明ポリ袋(45ℓ)など購入。買い忘れたものの、ローソンにも(セブンイレブンよりは小ぶりの)茶碗蒸しも置いてあり、ほどよい分量で100円だったから、次回は忘れずに買わないと。
また、フジやセブンイレブンのようにカットタイプのパイナップルは置いてないものの、ふと缶詰めコーナーを眺めていたら、これがあった。輪切りの4枚入りで、120円。これで十分ですよ。このタイプは他に、みかん缶、パイン+白桃の缶があった。朝に1枚食べるもよし、夜に小型フライパンでベーコンとあわせて軽く焼いてみてもいい。ちなみに缶の裏側の表示シールをながめると、原産国はフィリピン、輸入者が伊藤忠商事、販売者がDole(ドール)ですか。ささやかながら、フィリピン発展の一助として、また買いまする。
ブログ更新のBGMは、高中正義さん
書きながら、iPadでYouTubeの「Saudade」を流して聴く。
ずっと昔、マツダの車のコマーシャルで流れていた記憶がある。好きな曲だ。いまも変わらず、YAMAHAのギター(SGシリーズだったか)を弾いている。iPadを、ホームボタンが左側にくるようにして音楽を聴いていると、その左側に内臓スピーカーがあるので画面の左側にサウンドが寄ってしまうけれど、左手でiPadを持ってこのスピーカー部からの出音を少し変えてやると、画面中央から聞こえるように変化する。また、これにより、スピーカーから流れる出音は低・中音のないスカスカ気味だったのが、いい感じに低・中音が出てくる感じがして、心地よい。
でも「虹伝説」の「You Can Never Come To This Place」は、やはり当時のライブに限る。アルバムに合わせたメイク、コスチューム、ギター、そして演奏。 あの当時、音響メーカーのパイオニアのCMでも、演奏する映像・音声が使われていた記憶がある。ギター本体の鮮やかさだけでなく、その本体の中の4つのツマミのカラーも素敵だ。
そして、あまりに唐突すぎるし、失礼だろうと思うものの、高中さんの姿を見てて「歌をうたわず、ギターに専念するバタやん(田端義夫)」というフレーズが浮かんだ。田端義夫さんのギター、もしもどこか復刻してくれたらば、買うことを検討するだろう。
追伸。高中さんの曲では「渚モデラート」も大好きだ。
好みの変化
前にも「昔は苦手だったけど好きになったもの」を記した。
いまの松山暮らしの時代だと、スーパーやコンビニで時折、茶碗蒸しを買ってしまう。昔はなんだか中高年の人が好きなイメージがあったように思うし、いざ出てきてもほとんど手をつけなかった記憶がある。自分が中高年になったから…てな変化やろうか。
それから最近では。夏場のカットスイカに始まり、カット物のフルーツもしばしば買う。スイカのシーズンが終わったあと、パイナップルを買うようになったのは、前々回あたりに帰省した際にカミさんに「買っておいてね」と頼まれ、セブンイレブンで買ったのが大きいと思う。先日は同店で、カットりんご(商品名は皮むきりんごだったかな)も買った。今度買ってみようと思うのは、前述したDoleの「パイン+白桃の缶」。
実は、桃も昔から苦手。亡くなった父親の生家に行く機会があった頃、父の生家は桃をそこそこ栽培してたから帰り際にはたくさんもらったものの、食べた記憶がない。そろそろ自分の中で、桃に対する感覚も変わってきたのかもしれんなあ。
好みの変化/続き
一方で、食わず嫌いのように続く果物もある。
これまでは桃も入ってたけど、柿、いちじく…あたり。ただ、これらも今後どう変わるかわからない。徐々にか、またはある日突然、変わる可能性はある。
好みの無変化
食わず嫌い的なものを、果実以外に料理で考える。
まずは、鯖(サバ)。焼いた切り身や、しめさば(昔はダメだった)は問題ないけど、味噌煮込みは依然として食べない。かつて食べた記憶はあるから食わず嫌いじゃないものの、これもいつの日か、変わる可能性はある。
変わる可能性がほぼ皆無な料理の一つは、酢豚か。
たしかこれは、カミさんもそうだったように思う。豚肉の代わりに鶏肉(ムネ肉あたりか)を用い、マクドナルドのチキンナゲットぐらいの厚みでの「酢鶏」ならいけるが、酢豚はたぶん夫婦共通した「あまり好きでないもの」だと思う。実際、結婚してかれこれ33年になるけれど、自分なりカミさんが酢豚を作って食卓に出た…という記憶がないし、家族揃って中華料理系のファミリーレストラン系に行っても、頼んだ記憶がない。
いま、こんなことを書きながら、ふと思った。酢豚を味わったことのない家庭環境に育った二人の子供たち(娘たち)は、親元を離れてから酢豚を食べたのかどうか。今も(頻度は別にして)食べるのかどうか。今度会った時に、ぜひ聞いてみたい。
Snap-martに写真をアップする意味
本来は、自分の撮った写真を売る場なんだろう。
けれど自分は、散歩の途中に自分なりカミさんが撮った日常のありふれた写真をアップする、一種の「自分の写真集」と思ってる。アマチュアカメラマンが写真集を出すなど無理だけれど、日々暮らす中で少しずつ撮ったものをアップして、それに対していろんな方々が💗マークをつけてくださった…という、その反応が嬉しい。
写真の撮り方は、人それぞれ。そのタイミングに出会えるかどうかも、これまた同様。言葉や理屈・理論など不要で、自分の写真を見てくださった人が「これ、いいと思う」「なんか落ち着くね」と感じてくだされば、それでいい。ある時の一瞬が、永遠のひとときになりうる。手元でスマホばかり見ていると、本当は感じるはずの四季折々の変化、夜空の月の変化、街中でも見聞・体感できるはずのあれこれに、触れることは大切。文明の利器を活用しながらも、日々おのれと対峙して向き合って思索し、自分にとって大切な人たちの笑顔をこれからもずっと見られるよう、努力しなければならない。
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