2020.4.28(火)


10連続休みの2日目
朝9時すぎに起床。
休み期間ながら職場の健康診断時期で、5月半ばまでの期間だけど4月中になるべく終えてほしい…という職場の意向に沿い、きょう午前中に予約を入れていた。着替えをして、“健康診断が終わって帰ったら朝食にするよ“とカミさんに告げて軽装で出発。すっかり春というか、今日に限れば初夏の陽気で気持ち良い。予定通り11時から受診したが、まずは受付窓口でジェルタイプの消毒剤をつけられて手になじませてから診断開始、ものの30分ほどで終了してすぐに帰宅。ごはん1膳、鮭のフライ、ミニトマト、パンプキンスープという朝食。食後にミニグラスでアイスコーヒーを1杯。


冬物衣類の分別
休み期間を利用して、少し冬物衣類の分別。
分別のポイントは、数日前のカミさんの独り言がヒントになった。カミさんが言ったのは“歳をとってくるとね、以前はそう感じなかった毛糸物の衣類とかが肌にチクチクして気持ち悪いのよー“てな内容。あ、カミさんもそうやったのか。実は、一昨年の冬シーズンのこと。松山での単身赴任時代のことやが、カシミア混とか書いてあるそう高くないクルーネックセーターを買ったものの、半袖下着シャツの上に着ると首筋や腕まわりが何やらチクチクして気持ち悪く、カミさんのつぶやきで合点がいった。冬物を片づける前に“残しておくもの“と“処分するもの“を分別して、後者はよけておく事にしよう。衣類はもう十分にあるから、そろそろ分別整理の頃合いだ。


夫婦で散歩
カミさんが買い物に出かけるという。
それならと二人して、散歩がてら外出。共に薄着というか軽装で、家を出て徒歩で東方向の助任川沿いから散歩開始。犬の散歩をしている人、ウオーキングする人がちらほら。いつもおっちゃん達が囲碁や将棋をさしている屋根ありのスペースには、きょうもまたそこそこの人数が集まっている。川にかかる狭い通路橋を対岸に渡り、附属小学校近くのローソンに寄って買い物対象の食パンと牛乳などを購入。歩いてると暑いねぇーと夫婦で語り合いながら、帰り道も少しだけ遠回りしてあちこち散策。帰宅してカミさんがいれてくれたホットを飲みながら、ブルボンのお菓子を少々。


家ごはん
カミさんとふたりで夕食。
鶏唐揚げ、コールスロー、切干し大根の炒め煮、たくあん(千切りしょうが乗せ)、わかめと豆腐のスープ。たくあんを細く切って刻みしょうがをのせたこれは、昔よく実家でもお茶漬けの友として食べた記憶がある。真ん丸あるいは半月形のたくあんそのものより、こっちのほうが好きだ。


日本のジャズ
いくつかブログ巡回。
海外の反応を集めた「パンドラの憂鬱」で70年代の日本のジャズについての記事があり、その中で一番最初の鈴木弘さんの曲に聴き入ってしまった。日本のジャズ、聴いたことがなかっただけにとても新鮮。


コメンテーターの人選
同じように感じたことが、ブログに掲載されていた。
ある芸能人さんがコメンテーターとして出演したその番組はたまたま自分もチラと見たが、依頼する方も出演する方もそれぞれに対して「何を考えとんや」と感じた次第。勝手にコメンテーターを人選して(番組内容に沿ったコメントの流れの事前打ち合わせはやってるとして)それなりに発言して、さて…それが何になる。ホイホイと呼ぶ側も呼ばれる側も…そして見る側も、いずれも踊る阿呆に見る阿呆。けれど“踊らなソンソン…“とか言うてる場合やないだけに、特に最近は…それもワイドショーにおいては「コメンテーターに誰をチョイスしてるか」の部分が、その番組の今後の流れを左右すると感じている。


きょうの新聞記事より
あれこれあるけど、首相を応援している。
代わりの人はいないし、今回の件でようやく「首相としてできること」なり「いろんなあれこれの縛りや制約など」が徐々に見えてきたのかも。いわば「ほったらかしのツケ」が露呈して改善するタイミングなのかもしれんから、将来に向けての糧にすれば良い。それから、ようやく国会が議論の場らしくなってきたことか。ただ、質疑時間はそこそこあるというのにやってることは「質問者の発言が長い」ということ。たまたま立憲民主の代表の質問をちょっと見たけど、持ち時間を「端的に紹介・説明する部分と、もっと掘り下げて政府に提言・要求する部分」でうまく配分して有効に使い、何かしらは引き出せたかも…と視聴者に感じさせることが必要やろう。国難の際に平時のやり方ではあかんぞな。


お隣さんは相変わらずか
お隣りの2国は、性根は変わらんらしい。
世界的なウイルス騒動のさなかによくやるなぁーと思うが、まるわ食堂でラーメンを頼んだ時のお店の人のフレーズの“ちゅうかーだーい“とか“ちゅうかーしょーぅ“てな大小コンビに違いないから、コロナ騒動が無事に落着した後のこのふたつの国の動向に注目している。コロナ騒動後のひとつの流れの予感として、もしかすると“安かろう悪かろう“という部分が徹底されて、それなりの物にはそれなりの対価を/そして長く使い続けるものにこそそれなりの対価を…という、そんな部分が再認識されて世界的な流れとして始まりそうな気がする。


パンドラの憂鬱より
最新号は、こんな記事だった。
歳のせいもあるのやろう、いつしか涙があふれて仕方なかった。しかし、先達の方々は立派やったけれど、こと自分を見てみるとヒヨワになった感が大いにある。ただ、これからどれほどの月日が必要であろうと、ことに「日本人としての心構え」は再構築していかねばなるまいて。でなければ、先人の方々に恥ずかしい。

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