2022.8.22(月)


完全休養日のあと
金曜と土曜は休日で、完全休養にあてた。
なにしろ、先週の金曜・土曜の休日出勤から始まって7日間ぶっつけで仕事続き。仕事の時間帯もまちまちなパターンが続いたから、それなりに疲れはあった気がする。なので、図書館に出かけた以外は家にいて、A・J・クィネルの『血の絆』やら『イローナの四人の父親』を読んですごした。

子、帰える
東京で暮らす上の子が、きのう突然に帰省した。
カミさんも事前に何も知らされてなかったらしいものの、ひさしぶりに顔が見れてあれこれ会話が弾んで、楽しそうにしている。ありがとうさん、これも親孝行になるよ。

ミニカレー
日勤の仕事で出勤。
昼休みになって外出し、中華そばは別日にとっておくことにして「やま」へ行く。ただし本日はうどんでなく、ミニカレー。ちょっとだけカレーが食べたいっていう時に重宝するし、値段も300円ちょいなのでありがたい。入り口ちかくに「すだち」を使ったうどんメニューの写真があったが、すだちが入るとそこそこするのやな。


真紅の優勝旗が東北へ
夏の甲子園は、仙台育英が初優勝。
なんでも、春夏つうじて東北勢としても初優勝らしく、みなさん喜んだだけやなく東北他県の球児たちにとっても励みになったのと違うかな。最近、大相撲は(横綱・大関に限らず)平幕の誰もが優勝の可能性を秘めた場所が多いのやけど、高校野球もそんな意外性がもっと多くなると嬉しいような気がする。その意味で、まだ真紅の優勝旗が訪れたことのない県があるとしたら、令和の御代にそれが実現するといいなぁ。

マグロの天ぷらで満足満足
帰宅して、カミさんの子供の声がお出迎え。
なにやらひと昔前の、子供らがまだ家で一緒に生活してた頃に戻ったような錯覚があって、なつかしい感じがした。

今夜の晩ごはんは、マグロ漬け丼、野菜(なす・しいたけ・大葉)とちくわの天婦羅、きゅうりとワカメの酢の物、お味噌汁。子供が帰省したので、カミさんは「おいしいものをいっぱい食べさせようとしてる」気がして、微笑ましい。その思いのとおり、ぎょうさんわが家の懐かしい味を食べさせて子供の舌に覚えてもらい、多少なりとも受け継いでくれたらいい。


世界の市井の人々はつがっている
ネット関連をあれこれチェック。
いつも巡回している海外の反応ブログのうち、「パンドラの憂鬱」でふたつばかり新旧の記事を再読した。ひとつは「ヒロシマの話」で、もうひとつは「明治維新の話」。どちらも市井のネット人々の声・反応は、そこそこ・なかなかの印象で、世界のどこの国でも既存メディアを信じていない「静かな人たち」が少なくないことを感じさせてくれる。ヒロシマの話でいえば、その中に《平和は、憎しみからは絶対に生まれない》という言葉があるのやけれども、国内を眺めていたらなんとなく「憎しみを表現・発言して、平和を乱してるのはレフトウイングの人たちばかり…」てな印象を持った。ただ、往往にして「憎しみ」とかあれこれは人の寿命を延ばす可能性もあるかもしれんから、ウイングがライトやろうがレフトやろうが関係なく、なるべく長生きして令和の御代の日本の変化を見て行こうやないかいな。

なにしろ、阿波おどりにはこういう言葉がある。
おどる阿呆に、みる阿呆。それを、同時性と考えたらあかんぞなもし。つまり「(過去に)踊った阿呆に、(いま)みる阿呆」という可能性もあるやろうし、誰もが阿呆ぶり(つまりは人生のことかな?)を発揮したらええ。既存メディアやあれこれは市井の人々を阿呆やと思い、一方の市井の人々かてあっちは阿呆と思っているのやから、これはイーブンであり平等。

いや、本当は違う。
自分は阿呆やから、いろんな人が教えを乞うのが当然と思って、誰であれ相手を敬って応対するというのが(宗教的な教えの面も含めて)人として目指すべき姿のように思う。別に宗教的でなくてもいい。日本的にいうと、道徳やろう。そして道徳については、学校と家庭の両面で「教育」「しつけ」していくのが大切なように思っている。


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