2019.11.8(金)
夜のお仕事
昨日までは2日つづきで、7時出勤の仕事。
きょうは一転、昼の12時半から夜の9時まで。朝10時までぐっすり寝て、起床。カミさんは毎週のボウリング教室でおでかけ中。リビングの机にふかしサツマイモがあったので、ひとかけを緑茶と一緒に。
コーヒーをあたため、ざっと新聞を読む。
産經新聞の1面はこれか…相変わらずこういう事をやっておるのやな。お隣さんらしいやり口か。この新聞の書籍広告欄に、石平さんの著書《朝鮮通信使の真実》が掲載されていたが、なかなか興味深そうな本だ。リストに入れておくことにする。マイボトルの分だけ湯をわかし、ティーポッドに緑茶ティーバッグ共に入れてしばし待ち、マイボトルに詰め替える。着替えをすませ、12時前に自宅を出発。
うどん県出身なので
仕事についてしばし経って、1時から休憩時間。
うどんのやまへ行き、かけ小とコロッケで計340円。久しぶりにコロッケにウスターソースを。きょうのお客さんは「かけ」が多いが、皆さん「かけ中」。ほほう、あのお父さんはかけ中・ちくわ天・えび天…ですなあ。たんと召し上がってくださいませ。それにつけても、うどんはやはり安い。
うっちゃんランチの焼肉丼
夜7時にひと仕事終えて、夕食。
宿直メンバーさんと共に、うっちゃんランチの出前弁当。今夜は焼肉丼、570円。ニンニクの風味が効いたタレの牛焼肉とおかず、漬け物。単にごはんの上に焼肉をのっけてあるのでなく、ごはんの間に海苔がはさんであるので、のり弁の感じあり。食後、最後のもうひと仕事を終え、9時に終了して退社。
iDeCoと株と
帰宅して、カミさんが入れてくれた緑茶でひと息。
ネット巡回の中で、iDeCoや株式の運用状況をチェックしてみる。うむ、iDeCoはわずか2日前から1万6千円ほどのプラスか。少しずつでも良い、このまま順調に増えてほしいものやなあ。
一方、株式は人生と同様やな。
山あれば谷あり、上がったり下がったり…か。買った時よりわずかずつながらアップした株もあれば、下がってしばらくそれが続き、最近ようやく持ち直しつつある株もある。保有している数種類の株は、成長・値上がりが期待できるものもいくつかあるものの、全体としては「配当パーセンテージが比較的高い銘柄」に絞っている。配当金の額自体はそう大きくなくとも、年に数万円でも配当(貯金でいう利息)があればありがたいことだ。なので、下がった株でも無理のない範囲で少しずつ買い足し、保有数が増えるように努めた。
そうした株の中、ある銘柄は買値から200円近くアップした。いまの保有数だと年間の配当金は3万5千円ほどになるが、株価アップ分がそれをはるかに超える額になったので、これは近く(いったん)売却して今後の運用資金増にしよう…と考えている。その上で、その会社が今後も期待できるなら支援(投資)したいし、じっくり時間をかけて別の新しいところを探すのもよいか。ほったらかし運用は、まだまだ続く。
感じたこと
自分が感じたことは、この「中韓を知りすぎた男」に書いてある。個人的に思うのは、これまでの腐れ縁といえる日韓議員連盟などほっておき、新たに日台関係あるいは香港関係に注力した方がいい。
海外旅行に行くとしたら
そんな予定はないものの、ちと考えてみる。
日本から近い距離と先の大戦のことを含めると、グアムなりサイパン。ほかには、もう当たり前すぎるかもしれないものの、ハワイ。南半球ならば、ニュージーランド。ヨーロッパなら、昔一度だけ訪れたスペイン(バルセロナ)もよいが、ポルトガルか。そして、ウイーン(オーストリア)、プラハ(チェコ)、ウズベキスタン(ウズベキスタン)などか。でも国内で行っていない所が多すぎるから、それは夢また夢やろうな。
定年後の話題
仕事の合間に先輩方と雑談してると、なかなか面白い。
家で田んぼ(米づくり)なり畑(自家菜園)のある先輩同士なら、その話題である。話題は時として《工具類》だったり《パソコン》だったりで、共通部分があれば盛り上がる。それから、家のあれこれにもせっせと励むようになるらしい。ある先輩は最近、自宅内のあちこちの耐震対策(つっかえ棒とか)に着手したり、またある時は“ガスストーブがいいらしいよ。最近のは、やかんをのせてお湯をわかせるのもあるらしいからな…″とおっしゃる。ああ、なるほど。おそらく、その先輩のお宅もこれまで冬場はエアコンのほかに「灯油ストーブ」あたりを使われてたはずやろうけど、歳をとってくると灯油の買い出しも負担になってきたりするやろうから、そうした部分の見直しでガスストーブ導入を考えているように感じた。歳をとるにつれて、いろいろと考える事柄があるのやな。明日は我が身として、記憶にとどめておこう。
踊る阿呆に みる阿呆
阿波おどりに関するフレーズながら、いまの社会にも通じるか。
世の中、情報収集の場として「テレビ・新聞が中心」と「ネットが中心」に分かれる感じがあるし、もしかすると互いに無意識のうちに“テレビや新聞だけ見て踊る阿呆″・“ネットだけ見て踊る阿呆″…と、そう認識してるような感じもする。タイトルのフレーズの場合、その後に“同じ阿呆なら踊らにゃそんそん…″と続くけれど、そん(損)しないように踊るためには、いずれの場合も(テレビや新聞、ネットなどの情報以外に)「自分でも調べ、思索すること」が大切なように思う。つまりは、鵜呑みにしない…ということ。


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