この世は「見知らぬ親類」であふれてる

両親や祖父母はすでに他界したから、そうした人たちの思い出なりルーツ的な情報を知る
にはごく限られた親類のおじさん・おばさんに聞いて、情報を残しておくしかないけど、
互いに遠距離だとそれもなかなか難しくて、たぶん自分のルーツはどこかで途絶えたまま
日本のどこかに「見知らぬ親類がそこそこいる」ように思うんだ。

昔、自分が子供だった頃。祖父母は町の商店街の一角で、小さな店兼住宅で暮らしてて、
そこへは自分の家族が住んでたアパートから自転車なら10分ぐらいで行けたから、自分が
その商店街で遊ぶこともできたんだろう。父親は市内の小売店に勤めてたみたいで、これも
転勤のない通勤だから、うちの家族なり祖父母の家庭はいつでも会える状態だった。

それは親類にしても同じで、親しい親類は同じ県の中にいたし、その親類メンバーも県外に
出て働くなんてなかったから、年のうち何度かは会う機会もあった。市内なり県内で会え
たからな、いま思えば…そして過去のフィルム写真を思い起こせば、集まる機会はそこそこ
あったように思う。自分にとってちょっと上の、従兄弟が就職し始めた頃か。就職で県外
に出るようになりそれぞれで生活の基盤を置いてやがて結婚して、親類が集まる機会は激減
した。かくいう自分もそのクチで、転勤族というか根無し草で、家族には悪かったなあ。

で、自分の祖父母あたりを考えると。どうやら祖父は九州出身だったらしいし、祖母は大
阪にもいたらしい。記憶の中では、この祖父母の上にまだいた(ただしどっちの母親だった
かは知らないが)長生きしたおばあちゃんの記憶というか…写真をみた記憶もあって、その
おばあちゃんのルーツとかは聞いてなかったから、わからない。

たぶん、いろんな所に自分のルーツなり親類がいるんだろうと思うけど、もう調べること
は難しいし、どこかで会っても気がつく事なくすれ違う・終わる…んだろうな。


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